ミルクの未来を考える会
第3回乳・乳製品の魅力を知る ~食品安全の視点から~
1.牛乳・乳製品の栄養的価値
プロフィール

私は岩手大学獣医学科を卒業後、当時「厚生省」と呼ばれていた機関に入省し、食品安全行政および動物由来感染症対策に従事してまいりました。その後、6年前にご縁があって和洋女子大学に勤務することとなり、行政で得た経験を生かして食品衛生学、また公衆衛生学や微生物学の各科目を担当しております。
本日の話題

本日のご依頼内容は、牛乳・乳製品の食品衛生における重要なポイント、すなわち食中毒防止のための対策についてお話しするというものでございました。
牛乳・乳製品による食中毒を防ぐには、その製造工程における衛生管理に十分な注意を払う必要があるわけですが、それは、牛乳・乳製品の栄養価が高いからです。まずは、牛乳・乳製品の栄養的価値について確認したいと思います。
次に、牛乳・乳製品における食中毒発生事例を整理した表を基に、どの病原微生物により食中毒が引き起こされるか、またどの点に注意をすべきかを解説いたします。さらに、食品衛生管理の現場で用いられる衛生指標菌について、日本と諸外国の違いも交えながらご説明いたします。最後に、2018年の食品衛生法改正以降、HACCPが法的に義務化され、2021年から完全に施行された現状を踏まえ、HACCP導入後の衛生管理についても概観し、最後のまとめで終わりにしたいと思います。
講演は約1時間を予定しております。議論の提起となるお話ができるかは不安ではございますが、ぜひ1時間ほど私のお話にご付き合いいただければ幸いです。
牛乳の栄養的価値について

まず、牛乳・乳製品の栄養的価値についてお話しします。掲載されている表は『日本食品標準成分表』から抜粋したもので、インターネットを通じて誰もが簡単に検索できるデータに基づいています。対象となっているのは、ホルスタイン種の牛乳、牛肉、鶏卵、木綿豆腐、うるめいわし、精白米、お米といった食品で、各々のたんぱく質、脂質、炭水化物、カリウム、カルシウム、リン、ビタミンA、ビタミンB2、ビタミンB12の量が示されています。
特に牛乳は、たんぱく質、脂質、炭水化物に加え、ミネラルやビタミンといった五大栄養素がバランス良く豊富に含まれていることから、少ないエネルギー量でも必要な栄養素を効率的に補給できる食品として評価されているんです。具体的には、牛乳200ミリリットル、つまり1杯分で、カルシウムが日本人の1日推奨量の約35%、さらにビタミンB2とB12はそれぞれ約25%を摂取できるとされています。
このような栄養素密度の高さから、乳製品が健康に与える影響については多くの研究成果が公表されており、その一般的な傾向として5項目ほど挙げています。

牛乳の栄養的価値について

骨の健康を保つのに役立つ
牛乳に含まれるカルシウムが豊富なだけでなく、牛乳中のたんぱく質カゼインがリン酸カルシウムと結合しカゼインミセルを形成するため、液体中でもカルシウムが沈殿せず大量に安定的に存在することにあります。この性質により牛乳は、他のカルシウム多量含有食品と比べて吸収率が高く、骨の形成および維持に必要なカルシウムを効率的に供給します。もちろん、骨の形成はカルシウム単独ではなく複数の栄養素が複合的に作用して進みますが、牛乳のカルシウムは吸収率が高いという事が、骨の健康に貢献すると言われている理由です。
生活習慣病のリスクを下げるのに役立つ
牛乳に含まれる乳脂肪が関連していると言えます。牛乳の乳脂肪は、飽和脂肪酸のうち酪酸などの短鎖・中鎖脂肪酸が豊富に含まれており、体内で迅速に代謝されエネルギーへと変換されるため、摂取しても体重増加にはほとんど影響しないという研究結果があります。また、疫学調査からは、虚血性心疾患に対して中立的またはわずかに予防的な作用を示すほか、高血圧や糖尿病といったメタボリックシンドローム関連疾患、さらには脳卒中にも効果があると報告されています。
認知症のリスクを軽減する
さらに、九州大学が福岡県久山町で実施したコホートスタディでは、糖尿病などの生活習慣病と認知症との関連が明らかになったことから、牛乳摂取が認知症リスク低減にも寄与する可能性が示されています。以上のことから、日常的な牛乳摂取は、体重管理に配慮しつつ、生活習慣病全般および認知症リスクの低下に貢献する可能性が期待されます。

【参考資料】健康づくり運動(健康日本21(第三次)における睡眠
睡眠の改善に役立つ
睡眠の改善に役立つというところでは、牛乳に含まれるたんぱく質の存在が重要な効果をもたらします。乳たんぱく質中の豊富なトリプトファンからは、睡眠ホルモンとも呼ばれるメラトニンが生成され、朝に牛乳を摂ると夜間の熟睡や質の高い睡眠が得られるとの報告があります。さらに、政府の国民健康づくり運動「健康日本21」第三次では、良好な睡眠習慣の維持が評価指標に掲げられ、牛乳の効果が改めて注目されています。調べるうちに、牛乳の意外な健康効果を実感しました。科学的根拠もあり、牛乳摂取は健康睡眠に大いに寄与するとの見方が強まりました。
腸の調子を整えるのに役立つ
腸の調子を整えるのに役立つというのは、牛乳中の乳糖がその秘密なんです。牛乳に含まれる乳糖が小腸でグルコースとガラクトースへ分解され大部分が吸収される一方、未消化分が大腸へ移行します。この未消化乳糖はプレバイオティクスとして働き、ビフィズス菌や乳酸菌などの善玉菌の栄養となり、結果として悪玉菌の増殖を抑えると考えられています。こうしたメカニズムが、牛乳を摂取することで腸内細菌のバランスが保たれ、体全体の健康促進にもつながっているという見方がなされています。
牛乳はいつ飲むのが良いか
日本乳業協会のホームページに掲載されている牛乳の効果についてまとめました。
「牛乳はいつ飲むのが良いですか?」という疑問に対し、「朝」「運動後」「夜」それぞれで健康効果があることが紹介されています。
脱脂粉乳(スキムミルク)を備蓄食品に!

スキムミルクは脱脂粉乳を加工したもので、バターを製造した際にできる副産物です。スーパーなどでも販売されており、脂肪分はなくなっていますが、栄養価が非常に高い食品です。このスキムミルクをより消費者に広めようと、北海道農政事務所が令和5年に「防災リュックにスキムミルクを!」というキャンペーンを実施しました。現在、この取り組みは農水省のホームページでも紹介され、スキムミルクの有効性が広く知られるようになっています。
スキムミルクが防災食品として優れている理由は三つあります。一つ目は、常温で1年間保存できること。二つ目は、軽量でありながらたんぱく質やカルシウムなどの栄養が豊富に含まれていること。そして三つ目は、水に溶かすことで低脂肪乳のように飲むことができる点です。こうした特長から、防災食品としての役割や日常の備蓄品としての価値が高まり、広報活動が継続されています。