ミルクの未来を考える会
第1回ヨーグルトにおける乳・クラフトマンシップの価値訴求の可能性
2.フィールドワークで広がる活動の場
ここから私は外に出るようになります。ずっとテーブルでの勉強には限界を感じていたので、ついにヨーグルトサミットで知り合った方々の工場とか酪農とかに、外に出てフィールドワークをするようになります。ずっとワークショップでいろいろ疑問にぶつかっていたことも、工場でお伺いしたりして、一次情報と触れて、酪農に関して本当に無知だったなということにようやく気づきます。
フィールドワーク前というのは、私は一消費者として、酪農情報との主な接点は商品しかなかったわけですよね。そうするとどうしてもPRに強いワードのみを受け取ってしまうということになります。ご当地ヨーグルトのパッケージに書いてある言葉は、放牧とか、グラスフェッドとかオーガニックとか、当然そういう言葉が売りになるので書いてあります。だけど、普段の牛舎飼いの牧場さんがどういうことをしているかというのは、触れることがありませんでした。
フィールドワークに出るようになっていろいろ考えが変わりました。ご当地ヨーグルトが有名な地域をいろいろ回って、何でここでご当地ヨーグルトができたんですかというところからいろいろヒアリングをしていくと、例えば新潟県のある地域では、新潟県といえば稲作のはずなんですが、だしの風というとても強い風が吹いて稲が倒れちゃう。だけど、牧草なら育てられた。だからここで酪農が起こったんだよという話があったり、ヨーグルトサミットがあった小美玉市あたりは、関東ローム層、火山灰で不毛の地と言われていて、だから酪農を取り入れて堆肥で土を肥やして、豊かな農の地にしていこうとしたというふうに。乳を搾りたい以外にも酪農が入ってくる理由はあったんだとすごく勉強になりました。
それまでの私は、酪農って、ちょっと日本とは切り離したような独立した農業のようなイメージを持ってしまっていたんですけど、すごく地域ごとに理由があって、地域の豊かさを支えてきた農業だったんだ、地域につながっているんだということに気づきました。
あと、地域の産業とのかかわりも非常にいろいろ学ばせていただきました。エコフィードとか、都市の中でやっていらっしゃる酪農家さんは、周りの作業で生じた副産物、おからだったり、そういうものを餌として食べてくれていたり、コーヒーかすを敷材に使ったり、堆肥を作って周りの農家さんに還元していったりというようなことをお聞きして、あ、そうだったんだと。何かすごく切り離したように感じていたけれど、結局、人間がカロリーとして使用できなかったものをカロリーに置きかえる作業をずっとしてくれているわけで、家畜のプリミティブなあり方というのは、現代社会の構造の中でも再現できるんだというのを感じて、すごく美しく思いました。
燃焼エネルギーの節約につながっていたりだとか、産業廃棄物処理費用の節約につながっていたりとか、すごく経済的にも価値があるということを知って、思ったよりもずっとずっと深い世界が酪農に広がっていたんだなということを、ようやくこの時点で学べました。
2019年頃から、私はテレビの出演をし始めます。すごくタイミングよくテレビでマニアブームが起こりました。ここで認知が高まったことで、私はSNSでより一般の方々からフィードバックをいただけるようになってきました。
第2回の真庭市のヨーグルトサミットも登壇をさせていただきながら、どんどんご当地ヨーグルトにはまっていくわけですが、フォロワーさんと話していてとても強く感じたのが、お取り寄せのハードルでした。
ご当地ヨーグルトには素晴らしい商品がいっぱいあるんですけど、お取り寄せしようと思うと1箱に同じ商品が24本入っているとか、冷蔵便なので送料が1700円かかりますとかのハードルがあって、気になるけど手を出してないという方が非常に多いということに気づきました。
そこで私は、2020年、「ヨグ報」というイベントポータルサイトみたいなものを個人で立ち上げました。これはもう動かしていないサイトなのですが、ご当地ヨーグルトの百貨店の催事とか、そういうものをカレンダー形式で見せていました。この地域でこういう催事は何月何日から何月何日まであります、メーカーの人が来られています等を事細かに伝えるサイトで、自分が行ったイベントに関しては、そこにブログ形式でレポートも書いていました。
お取り寄せのハードルを取っ払いたかったので、百貨店の催事に行ってこれが1個から買えるよという情報等、ヨーグルト好きの方がまとめて入手できる情報サイトみたいなものを作りたかったのが一つと、催事販売ですので作り手の方が来られて、作り手の方からこのヨーグルトはどういう背景で、どういう歴史があって作られたものなのかという情緒的な情報を受け取る機会を作りたいということを思って作りました。
これが2020年なわけです。ほどなくコロナ禍に突入しまして、物産展もなくなれば、イベントもなくなり、何も載せるものがなくなってしまいまして、ちょっとここで心が折れて、「ヨグ報」を止めることになります。
その後、2021年、「第3回全国ヨーグルトサミットinいわて」があり、公式アンバサダーに就任させていただいたんですが、これもコロナ禍真っただ中で、第2回までは数万人が来場するようなビッグイベントだったのに、オンラインとのハイブリッド開催ということで、Zoom半分、リアル半分みたいな感じで講演会をやったりして、なんとも煮え切らず、不完全燃焼で終わりました。
このヨーグルトサミットというのは特徴があって、自治体や地域の乳業等の持ち回りで、第1回、第2回、第3回と場所を変えて開催してきたので、本来ならば岩手から次の開催地へバトンタッチしなければならなかったんですが、この状況を見て誰も引き受けてくれず第3回で自然消滅しました。
その翌年、私は『ヨーグルトの本』という本を出します。それまでヨーグルトの腸活本やレシピ本はたくさんあったと思いますが、私は製品を図鑑のように載せた本を書きました。こういう目線で扱われる本は多分なかったかと思います。パッケージがこういうふうにかわいらしいとか、味わいがどうだ、こういう背景があってできた商品だとかをいろいろ書きました。
ヨーグルトというのは、どうもフォロワーさんにヒアリングしていると、同じ商品、お気に入りのこれを毎日食べてるよという人は多いんですけれど、種類を多く楽しんでる人はあまりいないなという印象があったのですが、この本を出したことで、おいしそうな商品をいろいろ買ってみましたとか、あとは旅好きの方が電子書籍版を入れてくださって、旅先で何県にどういうヨーグルトがあるのかなと見て探してくださったりとか、そういうふうに楽しんでいただけるようになりました。
「ヨーグルトの魅力拡大」ということで、『ヨーグルトの本』で強く目指したことがあります。
一つは、ヨーグルトに対する味覚の解像度を上げるということです。これは普段のSNSでもとても気をつけて発信をしていることなんですが、日本人は乳製品を褒めるボキャブラリーが非常に少ないというのが私の感覚です。
「おいしいよ」と言ってヨーグルトを勧めると「うん、濃厚だね」と全員が言ってくれるんですけど、それ以上何も出てこないというのがあるんですよね。これはだめだと。
例えば、とろみはどうですか、発酵の香りはどうでした、酸味は舌に来ますか、鼻から抜けましたか、ミルクは深かったですか、爽やかですか、甘かったですかとか、本当はいろんな味わいがいっぱいあるのに、どこを見ていいかよくわからないという方がいっぱいいると思います。だからたくさん擬音を使ったり、いろんなテクスチャー、艶のぐあいがどうだとか、コップに移したときのとろみの加減がどうだ、波紋ができるとか角(つの)が立つとか、そういうのを逐一言葉に書き起こしました。
もう一つは、ヨーグルトのバックグラウンドで、なぜその地でヨーグルトが作られるようになったかなどの話を書いたりして、自分がフィールドワークで気づいてきたものを共有するということを注力しました。
出してから気づいたおもしろい効果ですけど、購入したヨーグルト対する満足度が上がるというお声をたくさんいただきました。具体的には、「これを自分で飲んだときは濃厚としか思わなかったんだけど、本を見ながら飲むと、あ、そういうことなんだって理解できた」というふうに、今この手に持っている商品の価値がなおさら上がって感じられたという声をいっぱいいただいて、レビューってそういう力もあるんだとびっくりしました。