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ミルクの未来を考える会

第2回日本のナチュラルチーズが「Culture」になる日を夢見て

2.ヨーロッパを中心に海外のチーズのはなし

カルチャーを感じるフランスチーズの話 その1

フランスに1年半いる中で、どうしてもやってみたかったことが「アルプスの少女ハイジの暮らし」です。それは麦わらのベッドで寝てみたいとか、そういうシンプルなことでした。ヨーロッパには今でも夏の間の移牧という文化があり、平地で暮らしている牛を6月から大体10月の間に高い山の草地(サヴォア地方、オーヴェルニュ地方、ピレネー山脈)に連れて行くことで、もしかしたらYouTubeなんかでかわいい牛が着飾って、カランコロンカランコロンとカウベルを鳴らしながら人と牛が山に登っていく風景を見たことがある方がいらっしゃるかもしれませんが、今でもこの移牧という文化があります。ヨーロッパに行ったら、自分が山育ちというのもありまして、絶対に移牧の風景を見てみたいと思っていたのです。

朝晩乳搾りをしてチーズを作るハイジの暮らしを体験

運よくそれを見に行くことができ、さらに縁あって、1カ月ぐらいハイジの暮らしを体験することができました。そのとき暮らしていた山小屋が、案外大きいのですけれども、遠くのほうにモンブランが見えて、ここは標高1500メートル(注:日本では富士山の2合目付近の高さ)ぐらいだったと思います。先ほど話したアボンダンスという目の周りがパンダみたいな茶色い牛やタリーヌ種というサヴォアにしかいない牛たちを放っている風景を見てきました。こういった山小屋のことをサヴォア地方ではシャレと呼んでいます。そこで山羊や牛たちの毎朝、毎晩、乳搾りをして、チーズをつくって、一夏を過ごすという経験を2002年夏にしてまいりました。

標高1500メートルぐらいの高地でつくられる夏の間のチーズのことをアルパージュのチーズと呼びます。日本でも時々手に入れることができますけど、トムやですとかボーフォール(サヴォワ地方でつくられている大型チーズの一つ)のアルパージュものと呼んだりします(数キロのチーズが「トム」、小さいものは「トメット」と呼ばれています)。テレビで見ていたハイジの生活をまさに実践してみると、麦わらのベッドは痛く、結構しんどいこともいっぱいありましたが、何もかも経験だと思っていろいろやってきました。

小さな山小屋で作られるアルパージュのチーズは、標高1500メートルの山々を駆け巡り、緑の草原だけじゃなく赤や黄色やピンクの花がいっぱい咲き乱れている草地で、のんびり過ごしたり、その草花を食んだりした牛や山羊たちの乳から作られるのです。

標高1500メートルの夏の山小屋暮らし

犬と一緒に牛や山羊を呼びに行き、夜、電気もガスも水道もない小屋で発電機を使って搾乳をします。それでこのビドンと呼ばれている牛乳缶に搾乳したミルクをため、沢から引いてきた水をためるタンクのようなところにドボンと入れておくのです。そして朝になったらまた搾乳するのですが、このタンクの水がとても冷たいのでクリームが浮いてくるんです。牛乳ってホモジナイズ(均質化)しないと分離して上にクリームが浮いてきますよね。そのクリームをすくい取り、そのままその辺に放置しておくとクリームが発酵します。その発酵したクリームをミキサーに似た機械にかけると、水分と脂肪分が分離してバターが取れるので、それを木型に入れて発酵バターとして成型してマルシェで売ったりしていたのです。

シャレには水道と電気とガスがないので、全くの自然暮らしです。この熟成庫の中も天然自然で、真っ暗で見えないのですけど、一応ここで27歳の私が作業をしています。作ったチーズを木の棚に並べていますが、1500メートルの山小屋の中の半地下の熟成庫は夏の暑い時期でも10℃ぐらいで涼しく、長袖を着て暮らしていました。そういった暮らしで一夏を過ごしました。

例えば100gのチーズをつくるのに1Kgのミルクが必要となりますが、そのうち900gはホエイとして排出されます。どこの山小屋に行っても必ずみんな豚を飼っていて、ホエイはセラックというリコッタを作った後に全部豚が飲むのです。日本でも今ホエイ豚が結構ありますが、サヴォアに行ったときはどの小屋に行っても豚がいて、ホエイだけで結構豚が育つのです。その育った豚はノエル、いわゆるクリスマスの時期のお祝いに、潰してシェルキュトゥリーというソーセージや生ハムの加工品にして自分たちで食べる、循環型の暮らしを見ることができました。

牛を飼っていると必ずお塩が必要になるのですが、1週間に1回程度、さらに高い放牧地に大きな塩の塊を持っていかなければならず、1日がかりでもう本当に大変でした。また週に1度は冬のオリンピックがあったアルベールビルという村に下りて行き、作ったチーズを販売するためにマルシェに出店するという1カ月ほどの生活体験が、私の中でのハイジ体験、アルパージュの暮らしの思い出になっています。

カルチャーを感じるフランスチーズの話 その2

フランス全土にあるEUの原産地呼称「アペラシオン・ドリジン・プロプリエテール」(AOP)という規格ですが、それを持つチーズの中でも最も生産量の多いチーズ、コンテを紹介します。40Kgほどの大型の円盤型の硬質チーズで、生乳を搾る人、チーズの生産をする人、それからコンテの面倒を見る熟成業者と、分業制で作られます。2018年のデータによりますと、生乳生産に携わる人が2,617名、フリュイティエールというコンテを作る小さな工房が146カ所、そしてそのコンテの面倒を見て出荷まで熟成の面倒を見る、熟成をさせる業者が13、生産量が54,850トンというデータが載っていました。

このAOPというチーズは今40幾つありますが、一つ一つにカイエドシャージュと呼ばれる製造についてのルールブックがあります。A4判にして何十ページになるようなルールブックがチーズ一つ一つにありまして、その内容を守って製造されたものだけがAOPの認証を得ることができます。

厳しく決められているルール

産地としては先ほどのジュラ地方、フランシュ=コンテ地方というところなのですが、牛の品種も限定されていまして、茶色のぶちのモンベリアルドとシメンタールフランセという種類の牛から搾られた生乳を原料とすること。それからコンテのゾーンというのが決まっていまして、そのゾーンの中で生産される牧草、それから干し草を飼料として、サイレージなどの発酵飼料を使ってはいけないこと。これは日本の酪農家さんはびっくりすると思うのですけれども、フランスの多くの伝統チーズは、殺菌せずに生乳を使用して作られるので、異常発酵などのリスクが高まるために発酵飼料(サイレージ)を使わないということになっています。そして、放牧地は牛1頭当たり1ヘクタール以上の草地を確保すること。それから、搾乳は朝と夜の2回で、生乳は製造所から25キロ圏内から集乳したものを使い、そして搾乳後24時間以内に必ずチーズの製造を始めなければならない。添加物、保存料、着色料などは一切使用してはならず、熟成は専門のエピセアと呼ばれるもみの木の、この土地でとれる木の棚の上で必ず120日以上熟成をしなければならない。また、生乳生産量は牛1頭当たり年間4,600リットルにとどめ、そこで使う器具の洗浄に使う洗剤なども厳しく決められています。

牛1頭当たりで年間4,600リットルというのは結構少ないのですね。これを365日で割ると約13リットル弱ぐらいですので、1個40Kgのコンテを製造するのに約400リットルの生乳が必要となりますが、それは牛約33頭分の1日の生乳が一つのチーズになっているということになります。そういう事を知ると、いつもよりちょっとおいしくなる、チーズがちょっとおもしろくなるとか、へえーって思うとますます好きになります。

伝統的な農業活動を維持し地域経済に貢献

一つ一つのチーズにこういったルールブックがあるのですが、面白いなと思うのは、フランスに行くと個人主義といいますか、とても1人1人の個性が強くて、団体になったときにぎくしゃくするのではないかと思うほど皆さん個性が強いのですが、このような組織立ってやることについてはとても力を発揮します。コンテはとても成功したチーズと呼ばれています。日本にもコンテの応援やプロモーションするコンテ協会さんがあり、いつもどこかでプロモーションをやっているのです。コンテの生産と品質が高まっていくと、生乳を生産する人にも恩恵が与えられます。つまり、コンテの価値が上がってたくさん売れると、コンテのためだけに生乳をつくっている方が多いので、生乳の生産者さんもウィン・ウィンの関係を組織立ってやれているということで、それを聞いたときにすごいなと思いました。

自ら厳しいルールを課して、発展させていくのも個性

この25キロ圏内から集乳したものしか使ってはいけないというのは、結構厳しい縛りなのですけど、これをやることで大手の資本を入れないという、自分たちのチーズを絶対に守って育てていくぞという意志みたいなのが、この25キロ圏内の数字から感じられます。これを例えば100キロにしてしまうと、さまざまな大手資本が工場を作ってコンテをつくってしまうと思うのですが、品質が落ちてしまうかもしれないという考えがあり、この縛りをどんどん自分たちできつくしていって大成功したチーズとして、今は世界中で愛されています。

コンテのカイエドシャージュの中に「コンテの生産は、伝統的な農業活動の維持を可能にし、地域経済のバランスに大きく貢献しています」と謳っています。国策としてチーズを地域の中で育てて、いかに発展させてきたかというのが書かれているかを知り、あらためてすごいなと思いました。

このスライドの写真は20年も前なので、まだ手作り感あふれる写真なのですけど、現在のコンテの生産動画はYouTubeでも見られかなり機械化されており、コンテを磨くにも人の手ではなくブラッシングする機械で磨いてます。あんがい工業化されているのだな、と思うかもしれないですが、守っているのはその地域特性や、牛の食べ物や水、それと重労働でヘルニアが多いといったことを受けて生産者さんの腰を痛めないような工夫のための工業化でどんどん進化しているチーズなのです。コンテにはこの緑のベルマークがコンテのバンドとして巻かれていますが、20点満点の中でも何点以上のコンテは緑のラベルを貼れますよ、という検査を経てバンドが巻かれ世界中に出荷されています。日本のナチュラルチーズの年間の全生産量よりもコンテ一種類のほうが多いという、ちょっと驚きの事実もあります。

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