ミルクの未来を考える会
第2回日本のナチュラルチーズが「Culture」になる日を夢見て
1.チーズに触れるほど、その奥深さに気づく
壮大なテーマだなと自分でも思いながらテーマを決めさせていただきました。「Culture」というのをなぜ英語にしたかといいますと、「Culture」には文化、微生物、文明、教養といった様々な意味があり、広い観点から、日本のナチュラルチーズを捉えていきたいという考えからです。
過去に開催したチーズセミナーでは、先駆的なチーズや今をときめくチーズ工房さんのチーズ、今は作っていないチーズなどもありましたが、今も時々日本のナチュラルチーズについて考える会を行っています。
プロフィール
生まれは長野県岡谷市で、祖母が八ヶ岳の裾野の信濃境というところで農家をしていて、祖母のつくる米や野菜を食べて育ちました。祖母は、山羊も飼っていたという話を聞いて育ち、当時「アルプスの少女ハイジ」をテレビでやっているのを見ながら育ったのもあって、いつからかこの八ヶ岳の裾野でチーズをつくって暮らしたいという思いになり、東京農業大学に進みました。
東京農業大学では栄養学科で学び酪農実習や微生物の研究やネパールの馬乳酒、チャンというお酒の酵母のアミラーゼ(酵素活性)について研究をしていました。夏休みは、北海道の酪農家さんに酪農実習に行き、日常的に、ナチュラルチーズ専門店や日本のチーズを売っているチーズ売り場に通う学生生活を送っていました。学生時代、時々実家に帰ることがありまして、八ヶ岳に中央農業大学校という大学校があり、そこに牛がいてチーズを作っていたので、よく母と行っていたこともあり、だんだんチーズをつくって暮らしたいという気持ちが育っていったのですが、親を安心させようという思いがあり、地元のナガノトマト株式会社に就職しました。
信州に帰ろうと思っていたのですが、たまたま、首都圏の営業担当として配属になり、そのときにチーズ専門店のヴァランセというお店が目の前だったので、足しげく通いながら、当時チーズ&ワインアカデミーという雪印さんがされていた学校でチーズについて学びました。非常にアカデミックな学校で、小淵沢にある雪印チーズ研究所でのチェダーチーズやゴーダチーズを作る実習もありました。そういったところに通っているうちに、その当時出ていたフランスのチーズを網羅している「チーズ図鑑」という本に出会いました。それを見ていたらチーズがさらに好きになり、チーズを勉強しながらチーズ屋さんに転職、チーズの勉強をもっとしたい、「チーズ図鑑」に載っているチーズの産地へ全て行ってみたいと思い、1年後にはフランスに行ってしまったのです。
帰国後は、基本的にはヨーロッパのナチュラルチーズを紹介するイベントやセミナーなどをしながら、今度は日本のナチュラルチーズに興味を持ち、現在は長野県松本市奈川にある清水牧場さんと出会い、そこのチーズに大変感激したのをきっかけに日本のチーズ工房さんを巡る旅を始めました。
世界のナチュラルチーズを専門に販売する株式会社久田の本店で、立川にありますサロン・ド・テチーズ王国本店に10年ほど前から勤務しております。北海道は札幌から南は九州・博多まで、全国に20店舗ほど展開し、最近ではチーズ王国全社として日本のナチュラルチーズも力を入れて売っていこうと、幾つかのチーズ工房さんとタッグを組んでコラボレーションチーズなどを作りながら、新しいチーズを開発したりもしております。
大別して二つに分かれるナチュラルチーズの種類
こちらはチーズについての基本的なことですが、大きく二つに分かれます。まず日本の生活に欠かせないプロセスチーズ。たくさんのメーカーさんが様々なものをつくっていらっしゃいますが、これは数種類のナチュラルチーズ(日本ではセミハードとかハードタイプと呼ばれるものが多い)を溶融し乳化剤を加えて固めた物です。長期保存が可能で味が一定に保たれ、手軽さとバラエティーの豊かさが日本のプロセスチーズの素晴らしいところで、デザートからおつまみまで何でも選べます。
一方、私が普段販売しているナチュラルチーズは、家畜の乳を微生物などにより発酵させ、レンネット(凝乳酵素)を入れて固め、そこから水分(ホエイ)を除いたものが、ナチュラルチーズと総称して呼ばれています。例えばモッツァレラチーズとか、フレッシュなタイプのフロマージュ・フレといった水分値が高いものから、1年2年と熟成させるパルミジャーノ・レッジャーノのような大型の硬いものまで、さまざまなチーズが世の中には存在しています。
フランスチーズのシンプルな分類
ナチュラルチーズは分類がすごく難しくて、国によっても違います。日本ではチーズプロフェッショナル協会さんが分類を出しているのですが、ナチュラルチーズは、小さくてフレッシュな水分の多いものから、硬くて大きな長い熟成のものまであります。その中に赤いものとか白いものとか青いものとかの色の違いだとか、大きさの違いというのがあります。というのを、私なりにわかりやすくフランスのチーズで分類してみた表がこちらです。
柔らかいチーズ
大きくは4分類になり、ひとつは「柔らかいチーズ」で、小型で熟成させないタイプのフロマージュ・ブランやフロマージュ・フレ。フレッシュで柔らかく、ヨーグルトからちょっと水分を除いたぐらいのもので、本当に日もちのしないフレッシュなものです。
それから、柔らかいけれども熟成させるタイプは3つに分かれ、「白カビ」のカマンベールチーズ、表面がオレンジ色でリネンス菌を有効に使い、チーズの表面を塩水やお酒で洗った香りの高い「ウォッシュ」タイプ。日本でもたくさん作られていますが、フランスでいうとエポワスドブルゴーニュというウォッシュタイプとか、ラングルとかいろいろあるのですけれども、そういったものが柔らかいチーズの小型のものになります。そしてもう1種類が「山羊乳の小さなチーズ」ですね。山羊乳を乳酸菌と少量の酵素の力で固めてつくる、小さくて様々な形のものでサント・モール・ド・トゥーレーヌなどがあります。
柔らかめのチーズ
2つ目は「柔らかめのチーズ」です。こちらは「青カビ」をミルクの中に入れて、チーズの成型後に熟成させると、カットした断面が大理石のようになっているフルム・ダンベールというブルーチーズや、ブルー・ドーヴェルニュ、ゴルゴンゾーラ、等世界にはいろいろありますけれども、柔らかめの青カビタイプもこの辺に入ります。
もう一つは、柔らかめのチーズだけれども、カマンベールなどよりは大きいタイプのチーズ。「微生物によって熟成」されたもので、ルブロッション・ド・サヴォアや修道院で作られるチーズなどフランスの中ではちょっと独特なチーズが、この辺に分類されるかと思います。
硬めのチーズと硬いチーズ
3つ目に、5Kgから20kgぐらいある「硬めのチーズ」。皆様のよく知っているゴーダチーズやチェダーチーズ、若めのものなのですけれども、日本ではセミハードタイプと言うことが多いと思います。こちらが最もよく知られたチーズのイメージになるかなと思います。
そして最後に「硬いチーズ」。これは20Kgぐらいから、世界には100Kgぐらいに及ぶ大きなチーズがあります。これらは水分値が大変低く、製造時にも最初から水分を除いて長期熟成に耐えられるような作り方をして、長くは1年2年と熟成させます。フランスにおいてはコンテやボーフォールという大型チーズがありますが、世界ではパルミジャーノ・レッジャーノのような40Kgを超すようなチーズもあります。
日本ではプロセスチーズといえば硬めのチーズで、セミハードタイプなどを溶かして乳化させてつくるものが多いのですが、フランスですと、チーズをつくった後に大量に出るホエイを用いてつくられるクリームタイプのチーズですとか、チーズの副産物を使ってつくられるプロセスチーズが主流になっています。
一つの村に一つのチーズ、と言われるフランス
フランス全土を車で回っていますと、所変われば家畜が変わるという感じで、「シェルブールの雨傘」で有名なノルマンディー地方にはノルマンディー牛という牛がたくさんいました。主にカマンベール・ド・ノルマンディですとかポン・レヴェックとかリヴァロといったその土地の名前を冠したチーズの産地ですね。車で走っていると日本ではなかなか見られない光景に出会います。フランス全土で放牧牛が多いので、土地のチーズを探しに行くと土地の牛に会えるという感じです。ノルマンディー地方は、リンゴの名産地でもあり、シードルやカルヴァドスなどのリンゴを原料としたお酒が名産。リンゴの木の下に牧草がわーっと生えていて、そこにノルマンディー牛が放たれていて、近寄っていくと落ちたリンゴをむしゃむしゃと食べている。そのリンゴを拾って食べてみるととても酸っぱくて苦くてびっくりするような味。日本のリンゴとは全然違う小さなリンゴで、そういうのがシードルやカルヴァドスになるのだということがわかりました。そうするとシードルとかカルヴァドスといったお酒がカマンベールに合うというのが、理屈抜きに体感で感じられることがわかり、更に旅が楽しくなり、延々と1年ほど旅していました。
フランス、ヨーロッパでは、基本的に一つの村に一つのチーズがあると言われているように、ヨーロッパにおいてはその町の「おらが村のチーズ」というのが普通で、うちは「いぶりがっこ」しか作りません、みたいな感じなんですよね。ですので何種類もつくっておらず、一年中「その土地に行ったらこのチーズ」というものをつくっています。
大きさの違いにも理由がある
フランスとスペインの国境あたりの高い山々がピレネー山脈。標高の高い山で作られるチーズたちは大きめなものが多く、平地でつくられるチーズは小さいです。なぜかというと、平地で作っていればチーズを売りに行くのにマルシェも近く作ってすぐに販売できる、でも山だと山から降りて販売に行くまでに時間がかかるので、大きなチーズをつくって長く熟成させて、沢山のチーズを山から一度におろしてくるというようなイメージで、土地ごとにチーズの大きさとか歴史や背景には理由があります。
今日は、コンテというチーズをご紹介します。スイス国境に位置するフランシュ=コンテ地方で作られ、モンベリアルドという、日本にあまりいない牛の乳で作られます。このスライドに載せた牛は日本にほぼいないのですが、ノルマンディー牛は北海道の浜中町にいると思います。あとモンベリアルドは、東京の八王子と、北海道美瑛町にいます。アボンダンスというチーズには、サヴォア地方、フランスとスイスの国境、アルプスで飼われているアボンダンス種という牛の乳を使いますが、この牛は目の周りがパンダみたいなぶちですごくかわいらしく、山岳地帯を走るので大変健脚な小ぶりな牛です。
街並みや土地の特長がチーズの歴史につながっている
チーズの名前というのは基本的に村や町の名前が多くて、カマンベールもそもそもは、ノルマンディーにあるカマンベール村という村の名前です。カマンベール村に行くとカマンベール博物館というのがありまして、日本のカマンベール(雪印)の箱なども展示されており、なかなか面白いです。
オーヴェルニュ地方というあたりにたくさん飼われている茶色いサレールという牛は、肉牛でもあり、乳牛としても利用されており、牛の名前でもあり、チーズの名前でもあり、そして町というか村の名前にもなっています。サレール村はオーヴェルニュ地方にあり、行ってみると真っ黒な町。なぜ真っ黒かというと、町が中央山塊から出る真っ黒な石灰岩で中世の時代につくられているからです。
こうして本を1冊持ってチーズを訪ねフランス中を歩いてきましたが、そこで出会ったものはチーズだけではなく、町であったり、その土地の牛であったり、もしくは文化的なものであったりします。サレール牛もとても有用なので、それでできたハムやシャルキュトリー、ソーセージですとか、お肉ももちろん売っていますし、その土地で食べる食べ物全部をひっくるめて食文化を感じることができました。
ノルマンディーのあたりは緑の地域で平地なので、この辺のチーズはとても小さいものが多いのです。けれどもサレールは40Kgもある太鼓型で、ローマ軍の人たちも食べていたと言われる2000年以上の歴史があると言われているチーズです。それを2000年たった現在でも自分たちが食べることができる、面白くロマンを感じられるところが、ヨーロッパで感じた食の歴史的な部分です。チーズが本当に昔からある食の文化遺産なのだなと感じました。
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