牛乳・乳製品から食と健康を考える会
第81回ミルクは何故白いのか? ~その白さの奥に広がる神秘の世界~
1.なかなか本当の姿を見せてくれない「カゼインミセル」
探っていくと分からないことが多いミルク
私が学生の頃、下宿をしておりました。銭湯に行くと湯上りに牛乳を買い、腰に手を当てて飲んだ時に、何で牛乳は白いのだろうかと不思議に思いました。それがきっかけでこの世界に入ることになりました。
多くの人はミルクが何故白いのか不思議に思っていないと感じます。大学で講義をする際に、学生に何故ミルクは白いのかを考えたことがありますか?と質問することがあります。すると、誰もがそんなことは当たり前だと思っていたという答えです。ですが、いろいろと探っていくと分からないことがたくさんあります。
私たちが今この世の中に存在していることもミルクが白い理由のひとつなのです。そういった奥の深いお話をしてみようと思います。
「カゼインミセル」は4種のたんぱく質の凝集物

ミルクは何故白いのかということが最初の入口です。脱脂乳を電子顕微鏡で見ると黒いツブツブがたくさん見えます。このツブツブのことを「カゼインミセル」と呼んでいます。大きさは直径100~500nm(ナノメーター)位のコロイド粒子と言われています。ナノメーターという単位は100万分の1mmでして、肉眼はもちろん一般的な顕微鏡では見ることができません。電子顕微鏡で見ることができる世界です。
カゼインミセルと呼ばれているものは凝集物なのですが、「カゼイン」というタンパク質からできています。カゼインというタンパク質は4種類あります。αs1(アルファ・エスワン)カゼイン、αs2(アルファ・エスツー)カゼイン、β(ベータ)カゼイン、K(カッパー)カゼインの4種類が知られています。
αs1-カゼイン、αs2-カゼイン、β-カゼインは、カルシウム存在下で沈殿する性質を持っています。カゼインは全てリン酸が付いており、リン酸化タンパク質とも言われ、リン酸にカルシウムが付いて沈殿してしまいます。一方、K-カゼインはリン酸基が付いていますが、カルシウムがあっても沈殿せず安定して分散しています。これら4種類がうまく組み合わされカゼインミセルとなって、牛乳中の水分の中に安定的に分散しております。ミルクに光が当たると乱反射して白く濁って見える理由です。
白い「カゼインミセル」を分解すると黄緑色に

カゼインミセルからミネラルを抜く操作をすると、カゼインミセルを小さく分解することができます。分解することを解離と言います。また、逆に大きくなることを会合と言います。
小さくするとおよそ平均直径20nmの小さな粒子群に分解していきます。最初は白いのですが、分解を進めていくと最終的には黄緑色になります。これはリボフラビンの色で、白いものが白くなくなってしまう現象です。小さくなると乱反射しなくなり、リボフラビンの色が出てきて黄緑色に変わってきます。
つまり「カゼインミセルに光が当たって乱反射して白く見える」ということが確かなことだと言う事ができます。ここまでが、このテーマの入門的なお話です。
ここから次の段階に入るといろいろと解明できないことが多くなってきます。ではツブツブであるカゼインミセルはどのような構造をしているのか?皆さん興味をお持ちになります。昔からいろいろな人が電子顕微鏡を使って、その構造を調べてきました。
カゼインミセルの構造に「サブミセル説」と「ナノクラスター説」
カゼインミセルは小さな粒子が積み重なったような、例えると鮭の卵のイクラが固まっているように見えます。小さなツブツブ一つ一つのことを「サブミセル」と呼んでいます。カゼインミセルは、小さなサブミセルが沢山集まって形成されているという考え方があります。これを「サブミセル説」と呼んでいます。
一方、黒い点々だけが見えイクラが集まったようには全く見えない写真も報告されています。その写真には小さな黒い点々が多数観察されており、これらを「ナノクラスター」と呼びます。これは「サブミセルでは無い」という考え方で、これを「ナノクラスター説」と呼んでいます。
カゼインミセルの構造はベールに包まれている
カゼインミセルの構造はベールに包まれており、電子顕微鏡で観察しても方法によって異なる画像が得られます。
電子顕微鏡写真の他にも、科学のあらゆる分野、物理、化学、生物などの方々が様々な観点からこの構造を明らかにしようとし、様々なモデルが提案されています。その中で主なものがサブミセル説とナノクラスター説です。日本の教科書にはサブミセル説は紹介されていますが、ナノクラスター説は未だ紹介されていません。後者が新しい考え方です。
最近の日本の大学ではカゼインのことを研究している方がいなくなってしまったために、テキストが新しく改訂されておらず、昔からのサブミセル説が記載されている訳です。ただ海外では後者のナノクラスター説を支持する人々が増えてきております。
両説のどちらが正しいのか、あるいはどちらも違うのか現在のところ結論が出ていません。電子顕微鏡で観察すれば見えているとはいえ、なかなか本当の姿を見せてくれないのが「カゼインミセル」の不思議で謎の多い存在です。
私たちは乳業メーカーで、乳製品を加工している際や新製品を開発する場合、なぜそうなるのか原因を探っていくと、カゼインミセルの構造やその性質がどのような影響を与えたからこのような結果や性質や機能が出現するのか、という理由付けをしたいと思っています。