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牛乳・乳製品から食と健康を考える会

第81回ミルクは何故白いのか? ~その白さの奥に広がる神秘の世界~

2.牛乳はカルシウムが豊富、なのですが・・・

水に溶けずに沈殿もしないリン酸カルシウム

牛乳はカルシウムが豊富だということは誰もが認めることだと思います。
五訂の食品成分表によれば牛乳中のカルシウムは100ml中110mgとなっています。欧米では120mgと表記されているものもありますが、日本の五訂の成分表ではではそうなっています。このうち約80%がリン酸カルシウムになっています。これは、カルシウムとリンが結合したもので、中性では殆ど水に溶けません。

私たちの骨や歯はリン酸カルシウムでできています。もし、リン酸カルシウムが水に溶けやすければどうなるかというと骨や歯は溶けてしまいます。そうすると動物は、昔に想像で描かれた漫画の中の宇宙人や火星人のように軟体動物系になってしまいます。
逆に、リン酸カルシウムが水に溶けないならばどうなるかというと、牛乳中には大量のリン酸カルシウムが入っている訳ですから沈殿してしまうことになります。沈殿してしまうと乳腺が詰まってしまい、赤ちゃんにミルクを与えることができないことになります。つまり、リン酸カルシウムが沈殿してしまうと哺乳類はこの世に誕生しなかったことになります。
リン酸カルシウムを沈殿させない仕組みがカゼインミセルにあるのです。

したがって、カゼインミセルがあることにより牛乳は白く見えるわけです。牛乳が白いということは哺乳類が誕生できて繁栄していることの根本であり、まさにカゼインミセルが、リン酸カルシウムを詰まらせないようにしているからなのです。

つまり、牛乳が白いということは哺乳類がこの世の中で存在できることの必須の条件なのです。
非常に奥が深く、ある意味哲学に近いということが言えるのかも知れません。

なぜ乳腺が詰まらないのか?

何故、乳腺が詰まらないのか?

ではなぜ、乳腺が詰まらないのかというと、水に溶けないリン酸カルシウムをカゼインミセルの中に閉じ込めて安定化させたのです。どうやって安定化させたのか?カゼインミセルの働きは、水に溶けにくいリン酸カルシウムを、大量にかつ安定的に供給できることです。その働きがなければミルクを赤ちゃんに与えることはできなかった。つまり、カゼインミセルが創造されなければミルクは生まれなかった。そして、哺乳類は誕生しなかった。
カゼインミセルに含まれるカゼインというタンパク質や、リン酸カルシウムといったミネラルを子供に飲ませたために、骨や歯が丈夫になり、あるいは筋肉が付いたりして成長ができるわけです。

哺乳類はどこからミルクを獲得するようになったのか

乳は何から進化したか?何故、卵ではなく、乳なのか?

この図は動物の系統図です。この図で鳥より下に示されている種は卵で育ち、カンガルーから上はミルクで育ちます。
動物は進化の過程でいったい何からミルクというものを獲得するようになったのか。なぜ、卵ではなくミルクでなければいけなかったのか。これが、次の疑問になります。このことは、私自身にも分からないのですが、少し考えてみますと卵では不都合だった要因がいくつか思い浮かびます。

1つは水分の蒸発です。卵を覆っている殻は固いものもあれば爬虫類のように弾力のあるものもあります。どちらにしても、多孔質、つまり孔があいているわけです。その孔から水が逃げてしまうと干上がってしまい子供が生まれてこない。それを防ぐために一定の温度と湿度が必要になり、親が卵を抱くとか土の中に埋めることで、できるだけ一定の温度・湿度を保つ必要性が出てきます。

それから外敵から守らなければなりません。外敵というのは他の動物もありますし、病原菌・ウィルスもあります。生まれてからも子供に与える食糧を確保しなければなりません。食糧がなければ子供に餌を与えることができず、子供は死んでしまう。親は懸命に餌を確保しようとします。しかし環境などの理由で十分な餌が確保できないと子供は育たない。このため、親の行動は著しく制約されるのが卵の一番大きな欠点ではないかと思います。

どんな動物でも、親はより安全に健やかに子供を育てたいと望みます。この欠点をどのように解決したらよいのかを、おそらく進化の過程の中で懸命に考え工夫をしてきたと思われます。このような研究をされている方々がいらっしゃいます。それをまとめると次の表になります。

乳の起源は何か?

乳の起源は何か?
浦島ら、ミルクサイエンス 53:81-100, 2004、Messer& Urashima, Trends Dlycosci. Glycotechnol. 14: 153-176, 2002

3億年前から進化が始まり、哺乳類が現れたのが1.5億年前といわれております。卵の問題点としては先ほど申し上げた、水分蒸発です。そうしない対策を講じる必要があります。動物の体に皮膚腺があり、汗・分泌物を出す孔があいています。そこから水分とか脂肪を出して水分の蒸発を抑えることをするようになりました。

更に進化していくと外敵、その中でも病原菌、つまり微生物汚染を防ごうといろいろな抗菌成分を出すようになりました。表には抗菌成分としてリゾチームと書いてあります。リゾチームはかなり下等な動物も持っています。リゾチームは細菌・バクテリアを被っている膜を溶かす働きがあります。それによって細菌・バクテリアを殺す抗菌成分を出すようになりました。

更に進化が進み哺乳類が生まれる少し前になるとあごや歯が発達してきます。そうしますと、自分より大きな動物を獲って食べるようになり、あごや歯の発達がなければ可能になりません。そのために、ここでカゼインとかα-ラクトアルブミン(α-La)が出現しました。このα-ラクトアルブミンはミルクの中にあるホエータンパク質で、ヨーグルトの上澄みに入っているタンパク質の一つです。

皮膚腺が更に発達してきて、その一部が乳腺になります。乳腺は汗が出る腺と同じようなもので、乳腺から出る分泌物がミルクとなったわけです。ここに至るまでには何億年という長い年月がかかっています。最初は水分蒸発を防ぐ役目があり微生物汚染から守る役目ができ、それからあごや骨・歯という発達を促す役目となり、いよいよ哺乳類になっていったわけです。

原始カゼインミセルの役割と進化

原始カゼインミセルの役割と進化
Kawasaki et al., Mol. Biol. Evol. 28: 2053-2061, 2011 遠藤秀紀、哺乳類の進化 p10, 2002 東京大学出版

それではカゼインミセルはどうなってきたのか。最近になり化石から遺伝子を取り出し解析することができ、いろいろなことが分かって来ました。哺乳類以前の動物では歯ですとか歯茎の周辺にカゼインの基になる原始カゼインの遺伝子が分布していたことが分かります。
カルシウムで沈殿するタンパク質群とカルシウムで沈殿しないタンパク質群の、二つの原始カゼインがあることが分かってきました。前者は歯にカルシウムを供給する役目を果たしており、後者はカルシウムが歯などに付きすぎてもいけないため、それをコントロールする役目を果たしていたのではないか。歯の表面はエナメル質でリン酸カルシウムによってできているのですが、その強化やコントロールを担っていたと考えられています。
そして、進化していく過程でカルシウムで沈殿するタンパク質群はαs1-カゼイン、αs2-カゼイン、β-カゼインに進化して来ました。そしてカルシウムで沈殿しないタンパク質群はK-カゼインに進化した。そしてここでカゼインミセルを作り上げ、現在のようなミルクになって来たと想像されるようになってきたのです。