牛乳・乳製品から食と健康を考える会
第81回ミルクは何故白いのか? ~その白さの奥に広がる神秘の世界~
3.カゼインミセルには虫歯予防効果も?
カゼインミセルはもともと歯のエナメル質を石灰化したりそれを制御したりする働きから進化してきたのだとすると、虫歯予防効果があるのではないかと推定することができます。
WHOによるチーズの虫歯予防効果

実際にWHOが2003年に出したレポートです。WHOは世界中の論文を精査して根拠のレベルを4段階に分けています。どんな食品あるいは治療がリスクを低下、あるいは増加させるのかを調査しました。その結果、虫歯のリスクを低下させるには歯にフッ素コートをし、逆に増加させるには砂糖を食べることを示しています。
ここまでの効果はいえませんが「ほぼ確実」にリスクを低下させるものとしてハードタイプ(硬質)のチーズが挙げられています。リスクを低下させる「可能性」があるものとしてキシリトール、牛乳、食物繊維が入っています。
牛乳がキシリトール並みに可能性のあることを知っている人は少ないし、歯医者さんでも少ないのです。更に、ハードタイプ(硬質)のチーズが「ほぼ確実に」効果があることを知る人はごくごく少ないのです。このことは欧米では常識になっていますが、日本ではあまり知られていないのではないでしょうか。
なぜ、牛乳・乳製品が虫歯予防に有効なのか
なぜ、牛乳、乳製品・チーズが虫歯予防に有効なのか。その前に、なぜ虫歯になるのかを考えますと、ひとつは口の中のバクテリアが糖質を食べて酸を分泌します。その酸で口の中のpHが下がり、5.7付近(弱酸性)になると歯の表面にあるリン酸カルシウムでできているエナメル質が溶け始めます。pH7(中性)ですと殆ど溶けないのですが、酸性になるとエナメル質(リン酸カルシウム)が溶けるようになります。溶け始めるとエナメル質に穴が開き、そこに細菌が進入し穴を広げ、神経に到達すると痛みを発症します。虫歯にならないようにするには口の中のpHを5.7以下(酸性)にしない。もし穴が開いた場合はリン酸カルシウムで穴を塞ぐ。更に唾液分泌を促して、その中に含まれる抗菌成分で虫歯菌を抑えることです。
牛乳・チーズは緩衝作用(少々酸が入ってきてもpHをすぐには下げない作用のこと)があり、牛乳中のタンパク質やミネラルの影響で、口の中のpHが下がりにくい状態になります。
そして最初の進化の過程であったように、大量のリン酸カルシウムを供給する役割がもともとありました。ハード(硬質)タイプのチーズは硬いので、よく噛むことで唾液が分泌されます。従って、牛乳・チーズで虫歯になりにくい、ことになります。
チーズ摂取と歯垢pHの変化

チーズを摂取するとなぜ虫歯になりにくいのかを示したグラフです。被験者5名(男性3/女性2 26~38歳)朝、水で口をすすいだ後、被験食(固形5g、液体5ml)を口中で1分間保持。pH5.7以上でエナメル質(リン酸カルシウム)は溶け出し始める。pH5.7以上の滞留時間が短い食品は虫歯になりにくい。
点線がpH5.7のラインです。砂糖は3分過ぎには点線を下回り20分後でも酸性のままです。一方、チーズは食べてからpHは上昇しpH7付近でキープしている。脱脂乳はpH5.7以下になるのは2~3分程度であとは上昇します。果汁はグラフのとおりです。
これから見てもチーズや脱脂乳は虫歯予防効果があると言えます。
リゾチームから進化したα-ラクトアルブミン

哺乳類が誕生する前に、α-ラクトアルブミンというものが出現したと先ほど言いました。これは、乳糖と非常に関係の深いタンパク質です。乳糖はガラクトースとグルコースが結合してできたものです。ミルクのみに存在する非常に特異的な糖質です。ガラクトースとグルコースを結合するためにはガラクトシルトランスフェラーゼという酵素が必要になります。ところが、この酵素だけでは上手く乳糖は作れません。そこでα-ラクトアルブミンというタンパク質が必要になります。つまり、このα-ラクトアルブミンのアシストがなければ乳糖は合成されません。
進化の流れをもう一度見ますと、抗菌成分であるリゾチームが存在していました。これが変身してα-ラクトアルブミンになったということが、現在判っております。リゾチームとα-ラクトアルブミンは非常に構造が似ておりますが、α-ラクトアルブミンにはリゾチームが持っていた抗菌作用はありません。
抗菌作用はなくなりましたが、α-ラクトアルブミンはガラクトシルトランスフェラーゼを助ける役目を持った訳です。リゾチームからα-ラクトアルブミンになるまでには1億年以上もの膨大な時間がかかり、その間に自然界の遺伝子組み換えが起こったと言えます。
何故、ここまでして乳糖を合成する必要があったのか。ガラクトースとグルコースをそれぞれ単独で摂取すればいいのではないかと思います。しかし、どうしても乳糖に合成しなければならなかった理由があるわけです。
乳糖を合成する必要がなぜあったのか
乳糖の役割は1:エネルギー源、2:血糖値を正常に維持する、3:浸透圧を調整するといった機能があります。
これらに加えて大切な働きがあったのではないかと思います。赤ちゃんが胎内にいた時は無菌状態ですが、生まれたら雑菌だらけのこの世界に出てきます。雑菌の中には良い菌もいれば悪い菌もいます。悪い菌が赤ちゃんの体内に入り増殖をすることは、赤ちゃんにとっては好ましい状態ではありません。
乳糖を分解してグルコースを利用できる菌と乳糖を分解できない菌があります。例えば、乳糖を分解できる菌の代表的なものは乳酸菌、分解できない菌として、例えば大腸菌があります。
大雑把ですが乳糖を分解できる菌は味方、そうでない菌は敵としますと、味方と敵を識別する「踏み絵」のような役目を乳糖が果たしていのではないか。そう考えるとガラクトースとグルコースを合成する必要があった。合成せずにそれぞれ単独で存在させておくと、乳酸菌も大腸菌もグルコースを摂取して増殖してしまう。それでは危険であると思います。
そのために面倒なことをしてでもガラクトースとグルコースを合成させることが必要で、ガラクトシルトランスフェラーゼの能力を発揮させるためにもリゾチームをα-ラクトアルブミンに長い時間をかけて変身させる必要があったのだと思います。その結果、味方の菌は取り入れ敵の菌は排除する必要があったと考えておりますが、これは私見です。
乳糖のない乳もある

乳糖はミルクの中だけにある糖ですが、乳糖の無いミルクはあるのか。これは、あります。オットセイ、アザラシや鯨といった水生の哺乳動物には乳糖が無くて、α-ラクトアルブミンも存在しません。
それでは、何がエネルギー源になっているのかと言いますと、それら水生動物のミルクには脂肪が多く含まれています。半分くらいが脂肪ですから、ドロッとしたミルクです。冷たい海水で生活するわけですから、脂肪の多いミルクで体温を維持し、エネルギー源になっています。
但し、糖質は脳にとって唯一のエネルギー源だと古い教科書に書かれています。水生哺乳類の場合、乳糖も単糖類も無いわけですから、脳に唯一のエネルギーである糖質が補給されないと脳死状態になってしまうのではないか。
乳糖は脳のエネルギー源では?

最近の研究では、脳に脳関門があり単糖類はここを通過できますが脂肪酸は通過できない。但し、脂肪酸が変化してケトン体になると脳関門を通過できます。脂肪が多いわけですからその一部がケトン体になって脳にいくため脳死しないと考えられております。