牛乳・乳製品の摂取とフレイル・サルコペニア
牛乳・乳製品の摂取と高齢期の健康について、二つの研究の分析の内容からどのように考えるかについて、紹介させていただきます。
フレイル・サルコペニアとの関連性をなぜ調べたいと思ったのかという「リサーチ・クエスション」についてお話します。高齢者の場合、栄養不良のために骨量や筋肉量の減少を呈することがフレイルにつながるということが指摘されていますので、その予防のためにどのような栄養を摂れば良いのかという点が、私どもの興味・関心事項となっています。
バランスの良い食事、特に多様な食品摂取について普段研究していますが、食品を摂取する上で、摂りやすい食品や摂りにくい食品があります。加齢に伴う食品の摂取量が減少する傾向にある高齢期において、牛乳・乳製品は、筋肉を作るために必要なたんぱく質や、骨の主材料となるカルシウムをはじめとするビタミン・ミネラルなど高齢期の健康のために必要な栄養素がバランス良く含まれていること、そして手軽に飲んだり食べたりすることができることに着目しました。高齢期の健康に対する牛乳・乳製品の効能についてどのように証明するか、例えばカルシウムであれば、乳製品の他にも小魚、海藻、大豆製品、青菜等からも摂取ができますので、そのような影響も加味した上で、牛乳・乳製品単独の影響を証明できるかが課題になります。そこで、今回は疫学研究を通じて、牛乳・乳製品の摂取の仕方と、対極にある食事のバラエティを考慮した上で、フレイルやサルコペニアとの関連性があるのかどうかを調査した結果をお伝えしたいと思います。
- 食品摂取の多様性とフレイルとの関連 -
この研究は、二つの調査地域(フィールド)を用いています。一つの地域だと地域特性が偏ってしまうことと、対象者数が多い方が統計学的に有意な結果が得られやすくなりますので、研究チームで所有している二つのフィールドを用いました。時期もそれほどずれていないものを選んでいます。
埼玉県鳩山町で2012年に高齢者健康モニター健診を受診された方と、群馬県草津町で高齢者健診を受診された方で、かつBDHQ(簡易型自記式食事歴法質問票)という食事調査の完了者で70歳以上の方に限定し、食事調査の結果であまりにも少なすぎるもしくは多すぎる回答をした人を除外して、最終的に800人ぐらいで分析をしました。
調査項目は、ライフステージに応じて変わってきます。高齢者健診の場合、先ほど申し上げました機能的健康に焦点を当てた項目を収集しています。例えば、認知機能検査や、シニア向けの体力テストなどを行い、歩行速度や握力、開眼片足立ちなどを実施します。体重を単に量るだけではなく、骨格筋量や脂肪量などの体組成を計測し、より具体的に体の中身を見ていきます。血液検査の項目は、普段コレステロールや中性脂肪などを測ることが多いと思いますが、高齢期の栄養に関与する血中のたんぱく質の指標であるアルブミンや、腎臓の機能に関するクレアチニン、貧血の指標であるヘモグロビン、血糖のコントロール状況を見るためのHbA1cなど、様々な項目を収集しています。
抑うつの状態などの心理的機能は、普段の健診では実施しないのですが、共同事業を行っている自治体の高齢者健診には項目を追加させていただき、私たちも一緒に健診スタッフとして入り、データの収集を行っています。また、BDHQという食事調査と、簡便に食事の状況を把握するために先ほど紹介したDVS、その他に生活習慣や既往歴、と様々な要因を収集しています。
今回の分析に使ったのは、赤字で書かれている項目になります。
食品摂取状況を調べる方法は、いろいろなやり方があります。例えば食事記録を書いてきていただき、栄養士さんたちが栄養価計算をして、絶対的な摂取量を出すというやり方もありますが、書く方も労力を使い、書いた内容から絶対量を出すためにも非常に時間がかかってしまいます。
より簡便に把握可能な方法として、食品の摂取頻度や普段の食べ方を組み合わせて調べることによって栄養素量を推計できる食事歴法という調査票があります。その中でも、BDHQは妥当性が高いと言われる帳票で、私たちはこの調査票を用いています。80品目ぐらい質問の内容があるのですが、その中で牛乳や乳製品に関する項目は、牛乳か乳製品かという区別ではなく、乳脂肪量が異なる「低脂肪」「普通・高脂肪」の2種類で、「コップ1杯くらいの牛乳・ヨーグルト1人前を最近1か月間でどのぐらいの頻度で摂取していますか」という設問に対し、摂取頻度を回答します。BDHQを用いて栄養素摂取量を算出しますが、これは絶対量ではなく、あくまで相対量として集団の中でどの程度の差があるのかを把握することができます。したがって、BDHQの結果から「乳製品を何g食べました」と結果が出たとしても、それは本当の値より多めもしくは少なめに算出されるという、集団内での差があることに留意すべきです。そこで、分析する際にはある工夫をします。「密度法により摂取エネルギー1,000kcalあたりの摂取量を算出」と書かれていますが、これは「エネルギー調整法」といいまして、残渣法と密度法と二つのやり方があります。今回はエネルギー1,000kcalあたりの摂取量という形で算出をしました。エネルギーの摂取量が多い人も少ない人も同じく1,000kcal取っていると考えた場合に、乳類の摂取量がどの位になるかという考え方です。そして、エネルギー調整した栄養素量の分布を見て、同じ人数に複数の群に分ける、それを分位と言うのですが、三つの群に分けて分析を行い、全体の食事の中で乳製品の摂取量が多めの人と少なめの人ではどのように違いが出るのかという調べ方をしました。このような量による評価の他、摂取頻度別にも結果を出しましたので、結果がどのように異なるかを見ていただきたいと思います。
乳類の摂取量を3群に分けた後、それぞれの群の特徴を見る必要があります。指標として、料理、食品、栄養素などがあります。栄養素の種類を全て見ると項目が多くなるため、今回は高齢期のフレイルやサルコペニアと関連する可能性がある栄養素に特化して分析を行っています。そして、栄養素レベルでどのような特徴があるのか、個人因子や心身機能・構造に関する指標との関連、既往歴に差があるのか比較します。
このスライドは、普通乳・高脂肪乳の摂取頻度別における栄養学的特徴を示した結果です。一番右に書かれているP値は、統計学的に明らかな差が生じているかを示す数値です。0.05よりも小さい場合は、明らかにこの3群で違いがあることを示します。例えばビタミンCはP値が0.135で、統計学的な有意差はないということです。
そのような見方で見ると、毎日1回以上摂っている人の特徴としては、エネルギーが多く、たんぱく質がきちんと摂れていることが分かります。フレイルを予防するためには、たんぱく質の摂取が重要で、その目安として体重1kgあたりのたんぱく質量を見ています。たんぱく質、脂質、炭水化物のエネルギー比率においては、普通乳・高脂肪乳の摂取頻度が少なくなるほど炭水化物のエネルギー比率が高くなることが特徴です。
微量栄養素量に関しては、カルシウムは、乳製品を毎日1回取っている人の方がカルシウムの摂取量が多いのは明らかですが、この結果でも毎日1回以上摂取する人の方が1,000kcalあたりのカルシウムの摂取量が多いことが分かります。その他の微量栄養素は変わりないという、何となく普段経験的に感じているものと似た像が見えてきます。
次に、普通乳・高脂肪乳の摂取頻度が高い人の集団特性として、地域によって異なる、男性より女性の方がよく摂取している、たばこを吸わない、飲酒習慣があまりない、乳製品を摂っている人はその他の食品も種類多く食べているということが、この結果からわかります。統計方法の詳細が、備考欄に書かれています。
今回調べた結果では、乳製品の摂取頻度による疾病既往では有意差は見られませんでした。
フレイルの指標について、加齢に応じた機能低下をどのように判定するかについて、今日は二つの指標を紹介したいと思います。
一つ目は、介護予防事業でよく使われていた基本チェックリストをもとに、体重減少、筋力低下、疲労感、歩行速度、身体活動の5項目において評価基準を設けています。「基本チェックリスト#11、25」は、基本チェックリストの11番、25番という注意書きです。身体活動は、運動やスポーツをしているかどうかを伺います。このような質問票で答える内容に加え、体力測定による判定もあります。筋力低下は、握力を2回計測し、性別基準値により判定します。歩行速度は、普段の調子で5mを2回歩いて1秒あたり何m歩けるかを算出し、目安として1秒あたり1.0m未満かどうか、で判定します。5項目中3項目以上該当した場合を「フレイル」と定義します。この指標は、身体的側面の要素が多い指標ですので、以降「身体的フレイル」と呼ばせていただきます。
もう一つは、当研究所の副所長の新開省二先生らが考案したものです。15項目で回答する指標で、体力的側面の他、栄養面や社会面といったより広範囲のフレイルの状況を判定することができます。15項目中4項目以上該当するとフレイルと判定します。
この指標は、フレイルの指標としてFriedらのフレイル指標が有名ですが、その指標で判定した場合と同じような結果が出るかどうか、「感度・特異度」という形で妥当性を検証しています。また、2年後や4年後の生活機能の障害の新規発生について確認されています。
乳製品を多く摂取する人はフレイルになりにくいと想定した時に、例えば「運動習慣がある人は、乳製品も多く摂取するので、フレイルになりにくい。」、つまり乳製品の摂取が運動習慣とフレイルの双方と関連性がある場合があります。その場合は、運動習慣とフレイルとの関連による影響を取り除いて、最終的にフレイルに対する乳製品の摂取頻度単独の影響を見る必要があります。
従って、統計学的な手法では多変量分析(このスライドでは「多重ロジスティック回帰分析」)を行い、様々な要因の影響を取り除き、最終的に乳製品の摂取とフレイルという健康アウトカムとの関連性が確かにあるかどうかを証明する手順を踏みます。影響する要因として、性や年齢の他に、エネルギー量、体格、生活習慣、牛乳・乳製品の摂取以外の食品の多様性などの要因を取り除き、検証していきます(これを「調整」と呼びます)。
次に、身体的フレイルの評価です。「フレイルあり」と判定された人は、総数において12.7%で、統計学的な性差はありませんでした。
様々な要因を調整した最終的な結果を示します。オッズ比ORは、ある事象の起こりやすさを2つの群で比較して示す統計学的な尺度です。1を基準として、数値が大きい場合は「オッズ比が高い」、数値が小さい場合は「オッズ比が低い」となります。「95%CI」は「95%信頼区間」で、カッコ内はオッズ比のばらつきの95%の範囲で、左側は下限値、右側は上限値を示しています。統計学的に有意ということを証明したい場合には、95%CIが明らかに両方とも1を超えていれば「高い」、1を下回っていれば「低い」という見方になります。このスライドでは、赤字が統計学的に関連性が高く、青字が統計学的に関連性が低いという結果であることを示しています。
「Crude OR」は粗オッズ比といい、様々な要因を調整する前のオッズ比で、「Adjusted OR」は、様々な要因を調整した後のオッズ比で、乳製品摂取単独の影響を見ています。
乳製品に関しては、「低脂肪乳の摂取頻度」と「普通乳・高脂肪乳の摂取頻度」の部分をご覧ください。食品摂取の多様性の影響を取り除いた乳製品の摂取頻度は、低脂肪乳の場合はフレイルと関連性は見られませんでしたが、普通乳を毎日1回以上摂取している人は、摂取しない人と比べて、多変量調整後のオッズ比が0.33で、P値が0.051でした。統計学的にはP値が0.05をわずかに上回っていますので、有意ではないけれども傾向があるぐらいの感じです。その他にフレイルと関連性が高かった要因は、年齢が高い、飲酒習慣なし、食品摂取多様性が低い人、でした。
次のスライドは、乳製品の摂取量で見た時の結果です。1000kcalあたりの牛乳・乳製品摂取量を算出して、3群に分けています。
食事構成の中で牛乳を多めに摂っている人は、少なめに摂っている人よりもエネルギーが低い、たんぱく質・脂質エネルギー比が高く、炭水化物エネルギー比率が低い、微量栄養素では葉酸、ビタミンC、カルシウムの摂取量が多いという特徴が見られます。
摂取量の3群で見た場合、1日の食事の中で乳製品の摂取量が多めの人は、様々な要因を調整しても、摂取量の少ない人よりフレイルである割合が少ないという結果が出ました。どちらで説明した方がよいのかというと、頻度よりは量的なところで示した方が説明しやすい感じがします。1000kcalあたりの牛乳・乳製品摂取量ですので、イメージがわきにくいですが、例えば1日あたり摂取エネルギーを1500kcal摂取している人の場合は、乳製品を100g未満摂取している人よりも、160g以上摂取している人はフレイルになっている人が有意に少ない、という解釈になるかと思います。
先ほど身体的フレイルとの横断的関連を見ましたが、次はより広範囲なフレイルの指標を用いた場合ということで、こちらは15項目あります。この15項目で判定した場合のフレイルの割合というのは大体1割強で、先ほどの身体的フレイルとあまり差異はなさそうな感じです。性別差もありません。ただ、項目自体で見ていると、多少の性別差はありますし、社会的側面に関して高い割合が出るようなフレイルの性質があります。
このフレイル指標をアウトカムに用いた場合、牛乳・乳製品の頻度別や料別に見た横断的関連性が見られませんでした。フレイルをどのように定義するかによって、牛乳・乳製品の摂取との関連性が変わる部分があるということをご理解いただければと思います。
最終的に、牛乳・乳製品の習慣的摂取量が多い人は、身体的フレイルに該当する人の割合が少なかったということでしたので、なぜそのような結果が得られたのかというところを見ていきたいと思います。
疫学的研究において、そのメカニズムは実はブラックボックスです。したがって、栄養学的特徴などを見た上で、こうなのではないかという推測に止まるというところが留意すべき点です。
先ほど牛乳・乳製品をよく摂取している人にはどのような特徴があったのかというと、「総エネルギー摂取量は少ないが、たんぱく質・脂質エネルギー比が高く、筋骨関連の栄養素が多く摂取できる」という特徴がありました。したがって、牛乳・乳製品の特徴として、骨や骨格筋の健全性に影響を及ぼす栄養素をバランス良く含んでいることが、フレイルの該当が低い理由につながるのではないか、ということです。
一方、食品の多様性とフレイルとの関連性も得られました。こちらに関しては、エネルギー量やたんぱく・脂質エネルギー比が高く、抗酸化ビタミンなども多く摂取できることから、筋合成に関わる栄養素を多く含んでいる食品を摂取できていることがフレイルの該当が低い理由につながるのではないかと、こちらも推測に留まることになります。