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第100回 牛乳・乳製品の摂取習慣と高齢期の健康について

牛乳・乳製品から食と健康を考える会 開催

このたびは第100回の考える会の開催、誠におめでとうございます。今日は牛乳・乳製品の摂取習慣とシニアの健康についてお話させていただきます。
まず初めに「シニアの健康とは何か」ということについて、その定義をお話します。次に、牛乳・乳製品の摂取がシニアの健康にどのような意義があるのか、特に高齢期の健康にまつわるフレイル、サルコペニア、認知機能との関連について、どのようにエビデンスとして証明していくのか、という過程に焦点を当て、話をさせていただきたいと思います。

牛乳・乳製品摂取および食品摂取の多様性とフレイルとの関連

シニアの健康とは

機能的健康を低下させる医学的二大要因

人が元気で長生きをする、つまり、健康長寿であるためには、個人が一生の間にたどる道筋を見据えた対策が大切です。医学の領域ではその対極に疾病があるため、人の健康は疾病の有無とその重症度で評価されてきました。一方、世界保健機関(WHO)は、高齢期には「ヘルシーエイジング」、要するに健やかに老いるという概念があり、個人が潜在的に持つ能力や機能的健康が重視されています。

その機能的健康に影響を及ぼしている二つの要因が、中年期以降に次第に増えてくるメタボリックシンドロームのような「疾病」(非感染性疾患)と、75歳以降顕著になってくる心身機能の加齢変化、すなわち「老化」です。機能的健康が低下すると、フレイルになるリスクが高まります。従って、健康長寿を達成するためには、疾病の予防や管理をしっかり行うことはもちろん、心身機能の加齢変化を抑制することが重要です。

フレイル・サイクル

特に注意したいのが、75歳以降の後期高齢期に生じやすい「フレイル」という状態です。フレイルは、例えば心や体、社会性など、広い範囲で何らかのダメージを受けた時に回復できる力が弱くなり、その結果、筋力や認知機能などが低下し、要介護状態に近づきやすい状態をさします。その状態に気付いて早めに対策をとれば、元の健康な状態に戻ることも可能な時期ともされています。

こちらに書かれている「フレイル・サイクル」では、フレイルに陥る過程において、低栄養が問題となっています。低栄養になりますと、筋肉量が減少してきます。その状況を「筋肉減少症(サルコペニア)」と言います。筋肉量が減少してきますと、基礎代謝が低下し、エネルギー消費量が減り、そして食欲が減り、さらに食べられなくなる、という悪循環に陥ってしまいます。また、疲れやすくなる、筋力が低下する、身体機能が低下する、などの状況に陥るわけです。低栄養をどのように気付き、早めに対策を取るかということが、フレイル予防にもつながります。

- 高齢期の健康や疾病の予防に食事や栄養を考える -
皆さんは健康や疾病予防のための食事・栄養をどのように考えますか?

例えば、「骨粗鬆症」という、骨量が減ってきて骨が弱くなり、骨折しやすくなる病気に対して、ある人は「カルシウムを多く摂ろう、なぜならカルシウムは骨を作る主材料になるから」と言い、ある人は「牛乳や乳製品をしっかり摂ろうと心掛ける」と言うでしょう。あるいは、骨ごと食べられるようなお魚を使った煮魚や、乳製品を使った料理を作って食べるようにする、料理を組み合わせて1食の献立として提供する場合や骨によい食習慣といった形で示す場合もあります。

このようにカルシウムが骨の主材料であることや、骨の代謝と関連するようなビタミン・ミネラルなどは、動物実験などを行うことで、その生理的メカニズムを探ることを目的として、研究が行われます。ただし、人間は一つの栄養素、一つの食品だけ摂取しているわけではありません。そこで、社会の中で暮らしている人間を対象に研究を行う必要があるわけです。

1食の中で主食・主菜・副菜を

例えば、健康を食事の観点から見た場合、「1食の中で主食・主菜・副菜をそろえた、バランスのよい食事」が基本になるかと思います。
厚生労働省による「健康日本21(第二次)」では、「栄養・食生活」に関する目標のうち、適切な量と質の食事のために、「主食・主菜・副菜を組み合わせた食事が1日2回以上の日がほぼ毎日の人が増えるように」という目標があります。複数の先行研究から、「主食・主菜・副菜がそろった食事」を行っている人は、エネルギー、たんぱく質、各種ビタミン・ミネラルの摂取量が多く、日本人の食事摂取基準に合致している者の割合が高いということが分かっています。
牛乳・乳製品・果物については、1日1回は欠かさず食べるということで、1日のトータルの栄養バランスが保てるという考え方があります。

食品の種類と多様性

近年は、国内外において、「食事の質」と健康への影響に関する研究も増加しています。多様な食品摂取を心掛けるために、世界各国でガイドラインが打ち出されています。その表現は国によって異なり、地中海式の食事ではパスタ、ワイン、オリーブオイルなど、欧米食では穀物は精製されたよりも全粒を推奨し、塩分・糖分・油分の摂取を制限しようという点が特徴としてあげられます。

日本では、料理による分類で、主食・主菜・副菜、乳製品や果物を構成要素とした駒の形の食事バランスガイドが出ています。他の地域にはない食品として、お米や大豆製品、海藻類などがあがっています。国や地域によって食べている物は異なっていますから、地域に応じた多様な食品摂取が重視されており、食べ物の種類や構成が鍵になってきます。

食事の質に関する指標

このようなガイドラインを実際に評価する場合、単一の食品群や栄養素ではなく、食事を総合的に評価するための方法として、食事の質に関する指標が開発されています。

例えば、地中海式スコアは、9つの食品群の摂取量から構成される指標です。Halthy Eating Indexはアメリカの食事ガイドラインに基づいており、12の栄養素および食品群から構成される指標です。これらは、諸国における食生活の指針等を基に食品が構成され、複数の食品群の多様性ならびに摂取量によって得点を算出します。しかし、食事調査による摂取量の把握が必要となり、簡便さに欠けるため、私どもは摂取した食品数のみを考慮するという単純な方法で評価が可能な食品多様性の評価指標に着目しました。

国内の評価指標はいくつかありますが、私たちの研究所では10種類の食品を1週間にどのぐらいの頻度で食べているのかという形で評価する、食品摂取多様性スコアを使用しています。様々な食事の質の評価に関する指標の中には、共通して必ず牛乳や乳製品といったものが要素として含まれていることが改めて感じられました。

食品摂取多様性スコア

食品摂取の多様性スコア(Dietary Variety Score: DVS)は、国内の高齢者向けに簡便に評価できるよう当研究所が開発した指標です。10の食品群に対して1週間のうちにほぼ毎日食べる、2日に1回、週に1~2回、週1回未満の4択で回答し、ほぼ毎日食べるを1点、その他を0点として、10点満点で何点になるかというスコアリングをします。

単純に10食品群を選んだわけではなく、本指標は妥当性を検証しています。このスコアが開発された1990年代の当時の国民栄養調査の結果に基づいた摂取重量ベースで約8割を構成する食品群となります。なぜ主食が含まれていないかというと、主食は大体みんなほぼ毎日食べると回答するので、この質問の内容に加えてもあまり意味をなさなかったために除かれました。また、この10食品群の中では乳製品がなく、牛乳だけになっています。これは、指標が開発された当時の牛乳・乳製品の摂取は、どちらかというと牛乳が主体で、ヨーグルトはそれほど種類がありませんでした。回答して集計していくと、食品の多様性を評価するのに、乳製品より牛乳の方が妥当性として高い結果が得られたため、選別の段階で牛乳が残されたという経緯です。本指標は、改定に向けた動きがあり、今後は乳製品というものも中に含まれる可能性もあります。皆さんも良ければやってみていただければと思います。得点に関しては地域差があります。平均点は大体3~4点です。男女差では女性の方が若干高めに出ます。

食品摂取多様性スコア(DVS)の特徴

このスコアの栄養学的な特徴を、栄養素・食品・料理との関連について検証しました。その結果を図に表すと、得点が高くなると全体のエネルギーは変わらないのですが、たんぱく質や脂質のエネルギー比率は増加し、炭水化物や穀類のエネルギー比率は減少していきます。その他、ビタミン・ミネラルなどの微量栄養素量が増えるという傾向があります。

食品摂取多様性スコア(DVS)の特徴

このスコアと栄養素・食品・料理との関連について検証し、この得点が高くなるほど右の方に向かい、炭水化物がやや減少しておかずの品数が増えます。同じ量、同じエネルギーであっても栄養素のバランスとしては、たんぱく質の割合が増えますし、微量栄養素もいろいろ多く摂取できるということで栄養素密度が高いと考えることができると思います。

今回用いる研究手法について(疫学研究とは)

本日は、高齢期の健康について、フレイルやサルコペニアという考え方が重要であること、食事・栄養に関しては食品・食事のバラエティが重要で、その中で牛乳・乳製品に焦点をあてていきます。その研究結果を読み解く上で、どのように結果を出して、そのエビデンスの強さを証明していくのかを知ることが重要になります。

先ほどの食品の質に関する指標や、その栄養学的な特徴をどのように証明したのかというと、このスライド中央の「分析疫学研究」の「横断研究」と言われる、一時点の調査で食事の状況と様々な健康状態の項目を同時に測定して関連性を見るという手法を用いています。

横断研究では、ある食品群や栄養素の摂取量に対して分布や割合を見た上で、目標とするアウトカム(例えばフレイルやサルコペニアの有無、疾病の有無)との関連を見ます。横断研究の場合は、一時点の関連ですので、どちらが原因でどちらが結果か(因果関係)が分からないことになります。例えば、カルシウムの摂取が多い人は、骨粗鬆症になっている人の割合が少ないという結果が得られた場合、カルシウムの摂取量が多いから骨粗鬆症にならないではなく、骨粗鬆症でないからカルシウムの摂取量が多い、といった逆の可能性もあり得るため、結果の解釈には注意が必要となります。

どちらが原因でどちらが結果かを知りたい場合には、同一人物を複数年継続してデータを収集しなければなりません。先ほどの例でいえば、骨粗鬆症の既往がない人を複数年追跡し、骨粗鬆症の新規発症との関連を見て、そこで有意な関連性が得られたら、初めて「カルシウムをこの程度の量を摂取しているので骨粗鬆症にならない」ということが言えます。「後ろ向き研究」や「前向き研究」と書かれている期間を持って行った縦断研究(時間を取って行った研究)によって得られた結果は、因果関係を知ることができるというわけです。

このように、横断研究より縦断研究はエビデンスはより強固となります。ただし、人間の集団を対象として研究を行った場合、同じように研究を行ったとしても、様々な要因が結果に影響してきます。ライフステージや地域、そしてアウトカム自体、例えばフレイルの定義は広く、用いるフレイルの指標によって構成要素、つまり項目の収集の仕方が異なっています。そのため、とある研究結果を見たときに、アウトカムとしての言葉の表現が「フレイル」で調べたら、研究によって結果が違って出てくることがあります。健康情報で振り回されがちなのは、「地域Aで○○という食品を摂取していると、このような健康効能があることが分かりました」という結果が出たとします。「ああ、これいいね」と思ったら、別の地域を対象とした研究結果は異なっていた、ということがあって「あれ、なぜだろう?」ということになってしまいます。

そこで、研究の全体像を正しく評価するために、研究の統合を行います。複数の研究をある基準を設けて選び出し、効果があるかないかを検討します。スライドの一番下に「メタ・アナリシス」と書いてありますが、得られた研究の結果について統計を用いて数量的に示し、効果の有無を検証するやり方もあります。そこで初めて、本当に効果があるのかという全体像を知ることができることになります。

地道にデータを収集し、対象者数が多い方が統計的に結果はより明らかになりますので、ビッグデータによる分析と結果の活用という話も出てくることにつながります。今日は、食事の取り方(頻度)や摂取量と健康との関連を示す研究内容となっていますので、「栄養疫学研究」と専門的には言いますが、私どもが行った二つの研究内容を見ながら、検証していただけましたら幸いです。