- 酪農家がいま置かれている経営状況 -
次に、生産現場がどんな状況かということもお話しすると、増え続ける廃業者ということになる。言うまでもなく、昭和40年から平成25年まで、約半世紀で96%の酪農家が廃業した。今日本の酪農は昭和40年に比べて、僅か4%の酪農家で牛乳生産を支えていることになる。
当然酪農家戸数が減ると、1軒あたりの牛を飼う頭数が増えていく。今は、平均80頭位の牛を飼うようになっている。今、国は6次産業化とか、色々な農産物の輸出とかで、農業を成長産業にしようと頑張っているが、現場として見ると、6次産業化は大変なことだと思う。特に酪農が、新たな一歩を踏み出せるか少し疑問に思い掛けている。ましてや、世界的に見ると乳製品市場は変動が激しいものである。これからヨーロッパからチーズが入ってきたり、TPPもあり、乳製品や色々なものが入ってくる。今のところは他国から安く入ってくればいいかなとは思うが、既に先進国では酪農が衰退をしてきて、先進国が輸入をするような形にもなりつつある。日本で安定的に牛乳・乳製品が確保出来るかどうかというのは、多分疑問かなと思う。
今、起こっていることの一つとして、子牛バブルがある。産ませる子牛はとても高い。一部の酪農家は黒毛和牛の子牛を黒いダイヤと呼んでいる。1匹子牛を産ませると、その牛が2か月位で30万円とか40万円で売れる。だから牛乳を搾るよりも、子牛を産ませてその子牛を売った方が酪農家の生計は成り立つ。こ子牛の価格は上がりっぱなしである。
96%の酪農家が廃業して、残りの4%の酪農家を支援するために、国は畜産クラスター事業という補助事業を組み、私もその恩恵にあずかっている。餌を混ぜる機械は、約1,000万円位費用が掛かる。ただ、補助金があるからということで、本当に身の丈に合った設備投資をしているかどうか今非常に疑問に思っている。同時に、これから牛を増やして頑張る人に国は支援をしてくれる。しかし、何とかこの地域で、現状のこの頭数でうまく経営をやっていきたいというところには、クラスター事業という補助金は来ないので、やる気も正直な話なくなってしまうのではないかなと思う。なので、やはり色々な補助事業のあり方を少し考えた方が良いのかなと思う。
生産現場の未来について少し話をすると、まず最初に、再生産可能な適正価格と安定供給ということで、今、生乳の取引は50年ぶりに大きな改革の時期に来ている。私達は農協に牛乳を売れば必ずお金になった。もっと嫌な言い方をすると、牧場では牛乳を搾って、牛乳を冷やす機械であるバルククーラーという大きなタンクに入れた時点でお金。売る売れないは別にして、それは全量農協が他のところに持って行って売ってくれる。そう考えると、1滴でも多く牛乳を搾れば売ることを考えなくても酪農家は勝ちだった。
しかし、色々な取引の改革により、指定団体制度が維持できなくなった、牛乳の流れが変わったりすると、非常にリスクがあるものになると思う。適正価格で何としても牛乳を買っていただくシステムが必要だと思うので、何としても守る努力をしなければいけないなと思う。
それと同時に、生産コストも上昇している。これは為替相場や色々なものもあるが、何よりも一番生産コストが上昇しているのは人件費。今、他の企業でも人がいない、ましてや酪農の仕事に入ってきて、3Kと言われる様なきつい仕事をやってくれる人は徐々に減っている。いることはいても、そういう人たちを確保するのが非常に難しい状況なので、生産コストが上がっている。
生産のための組織の農協も徐々に変わっていく。我々少なくなっても生産をして、1kgいくらの手数料を農協は取っていたからOKだったかもしれないが、段々生産量も減ってくると、組織自体も変わってくるのではないかと思う。
何よりも心配しているのは、今、酪農家のモチベーションを支えているのは、もしかしたら子牛バブルなのかもしれない。子牛が高く売れるから、子牛がいれば、1頭いれば30万円、40万円になる。しかし、子牛の価格が高ければ肥育農家は潰れる。いずれそれが破綻するのは目に見えている。価値以上の価格で売れていると思うので、バブルが崩壊したらその時に酪農は一体どうなるのだろうと、とても心配している。
- 酪農家としての情報発信へ -
一体どんなことが出来るのかなということで、いろいろ考えていると、生産現場から今私がやっているように、酪農の現状はこうなんだよということをやはり多くの方に伝える努力はした方が良いのではないかなと思う。そのために、日本全国に300軒程度の酪農教育ファームの認証農場がある。そこに子供達が行って、牧場で、酪農体験をしたり、乳搾りをしたり、色々なことをする中で、色々な食糧のこと、食育のことを学ぶ活動をしている。牧場に来てもらえない子供達も沢山いるので、わくわくモーモースクールで、学校に子牛を連れて行って、1日牧場にすることもやっている。
埼玉の学校に1日牛を連れて行って、学校を牧場にする。1年生から6年生までその日は1日授業なしで、牧場のお話をする。色々なカリキュラムがあり、牛の乳搾り、子牛のこと、餌の臭いを嗅いでもらって、どんなものを食べているのかとか、色々な話をする。栄養の話を女子栄養大の先生にしていただいたり、毎日牛乳を飲んでいるので、牛乳のこともお話しする。皆でバターづくりを朝から夕方までずっと行なう。
埼玉県では、年間五つの学校ぐらいしか行けないが、わくわくモーモースクールを行っている。酪農家だけではなく、色々な団体の方や乳業メーカーの方にも来ていただいて、1日食育の勉強をやっている。
この20年ぐらい、消費者交流で、牧場に人に来て頂いたり、私達が学校に行ったりすることによって、酪農家の意識は確実に変わってきたなと思う。バルククーラーに搾った時点でお金になっていた牛乳ではなくて、その先にこれを飲んでくれる人がいるのだということを、我々酪農家が初めてそこで知るわけである。それによって酪農に対する考え方や生産の意識も変わってくる。消費者に伝えるだけではなくて、我々も変化をしてきたなと思っている。そういうことをやることによって、実はメーカーだとか指定団体だとか、分断されていたところが、わくわくモーモースクールのイベントで一緒になることで、色々なコミュニケーションが生まれる。農協の人と話を今まで一度もしたことがなかったけど、わくわくモーモースクールで農協の人と話をしたとか、メーカーの人と初めて話をしたという酪農家の方もいる。分断された色々な牛乳の繋がりを、もしかしたらわくわくモーモースクールやイベントで繋げることができるのではないかと思っている。
- これからの酪農と、次世代の育成 -
同時に、担い手の育成。埼玉県で牧場体験をした子供で、将来牛の仕事がしたいと言って帯広畜産大学の獣医学部に進学した女の子がいる。今5年生なので、もう少ししたら獣医になって戻って来る。そういう子供達の一番最初の酪農への繋がりは、私達のわくわくモーモースクールだったと聞いて、非常に誇りに思っている。それと、参加してくれる人は、酪農家の中でも若い人たちが多い。組合や地域を超えて集まってきた若い人たちが、結ばれたりすることも結構ある。長い間、色々な婚活を酪農団体がやっているのが、なかなかうまく行かなかったりするが、我々は3組ほど酪農家のカップルを誕生させた。色々な同じ目的で集まってくる若い人たちがその場所でコミュニケーションを取ることで生まれてくることもある。農業高校生も、明るくする希望の光。今、農業高校はすごいブームで、どこの農業高校も非常に倍率が高くなっている。多分アニメの銀の匙という漫画の影響が非常に大きいと多くの方が言っている。そういう人たちもわくわくモーモースクールのような形で、消費者交流にぜひ参加をしていただきたいということで、埼玉県の場合は農業高校をみんな招待して来て頂く。それにより、とてもやりたい若い人が増えている。もうそろそろ引退しても、そういう人たちがいるので安心だなと思う。
もう一つは、明るい話題として、業界全体として酪農家を支えてくれていることに非常に感謝をしている。酪農教育ファームに関しては、多くの団体が理解をして頂いて、とても支援を頂いているので感謝している。お金も掛かることなので、我々の努力だけではまかなえない部分を多くの方に経済的にも支援をして頂いている。
同時に、酪農家がこれだけ減ってきて、内地の本州の酪農がこれだけ疲弊している中で、業界全体で支援をして頂いている。乳業メーカーさんの団体が、牛がいないならオーストラリアから輸入をして、牛を増やして欲しいというようなことで、輸入のために掛かる経費などに対して補助金を頂いたり、ある意味我々一生懸命そういう方に応えるように努力をしている現状である。また、酪農女子が非常にブームになっている。去年の12月、北海道でイベントをしたら、100人を超える方が来てくれた。周りを見回してみると、酪農の世界は、ヘルパーさんも、牧場の従業員さんも、非常に女性が多い。今まで酪農の仕事は男の仕事と思われていたが、今は女の方。女性の方が多くて、そういう方が支える酪農というのもあって元気でいろいろなことを今やっている。
更には、メガファーム、ギガファームということで、私達の様な家族経営ではなくて、とても大きな経営体も生まれてきている。そうなると新規参入とか、新たに牧場をやりたいという人が働ける場が生まれるわけで、そこからどう発展するかは分からないが、ある意味そうやって入ってくるファーストステップを踏むことが出来るところが出て来たかなと思う。
そういう中で酪農の多様性というものに対する理解をもう少し広めていきたいと思う。山地酪農がすばらしい。放牧の牛乳はおいしい。和牛の肉はおいしいとか、そういう風な固定的な観念ではなくて、色々な牛乳があっていいと思う。おいしい牛乳を搾るために努力をしている日本中の色々なスタイルの酪農家があって良くて、決め打ちで、酪農はこうでなければいけないみたいなのではなくて、やはりいろいろな酪農があって良いと思っている。もっと私達が情報発信をしながら進めていかなければいけないなと思っている。