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第91回 昨今の農政課題
~改正畜安法、日EU・EPAを中心に~

牛乳・乳製品から食と健康を考える会 開催

第91回 昨今の農政課題 ~改正畜安法、日EU・EPAを中心に~
日時
平成29年11月13日(月) 15:00~17:00
会場
乳業会館3階 A会議室
講師
北海道大学大学院農学研究院
講師 清水池 義治
【 出席者 】
「牛乳・乳製品から食と健康を考える会」委員
消費生活アドバイザー 碧海 酉葵
食卓プロデューサー 荒牧 麻子
毎日新聞 記者 今井 文恵
ジャーナリスト 岩田 三代
江上料理学院 院長 江上 栄子
消費生活コンサルタント 神田 敏子
評論家・ジャーナリスト 木元 教子
元日本大学教授 菅原 牧子
ジャーナリスト 東嶋 和子
産経新聞 文化部記者 平沢 裕子
(50音順)
乳業メーカー:広報担当
乳業協会:田村専務理事、本郷常務理事他
専門紙記者
【内容】
今回は、委員の皆様からご要望のあった「昨今の農政課題」について、ご講演を企画した。ご専門分野は農業経済学で、特に農産物・食品の流通・取引について研究され、多数の著書や農政時評論文のある清水池先生に、先の日EU・EPA大枠合意内容に基づく関税障壁の変化が日本の酪農業に及ぼす影響に関するお話しや、本年成立公布された改正畜安法のもと、来年から新制度に移行する加工原料乳生産者補給金制度について、複雑かつ難解な生乳取引の仕組みとそれに関する制度・政策を理解するうえで、時節の興味深いご講演を頂いた。
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【 要旨 】
改正畜安法では、今後の酪農経営の安定や牛乳・乳製品の安定供給について示さず、市場に委ねているが、自由競争でうまくいかなかったからこそ、50年前に加工原料乳補給金制度(不足払い法)が出来た。それを戻すのは、歴史を学ばないこと。生乳流通の改革は、なぜ改革すれば所得が増えるのかを説明出来ていない。今回は、改革そのものが目的だったとしか思えない。改革の狙いは、①酪農の発展は競争を通じて非効率な酪農家を排し、大規模酪農家を残す。そのために生乳の共同販売事業(共販)を通じて酪農家が助け合う現状は望ましくなく、国際競争も含めた酪農家同士の競争と効率化を推し進める②生乳流通における農協の影響力低下を通じ、酪農や乳業に小売業や外資など外部からの新規参入を促し、さらに競争を活発化させるものと分析した上で、酪農家にとって現行の共販制度のメリットは大きく、改革後も指定団体への出荷が主流であり続けると予測する。
TPPや日EU・EPAでは、新鮮な牛乳や生クリームの生産には、調整弁であるバター・脱脂粉乳の生産維持がセットであり、酪農を関税で守る重要性を強調。安い乳製品を輸入に頼り、国内では牛乳や生クリームを作るほか、高品質な物は輸出する。国内の農家が海外の富裕層向けを作り、消費者は安い輸入品を食べるのが将来の姿になれば、消費者にとって国内の農家が遠い存在になる。食のあり方を考えると大きな問題である。

テーマは昨今の農政課題で、多様な内容を含むが、主には、生乳の流通制度改革にかかわる改正畜安法と、乳製品の関税、貿易の自由化にかかわる日EU・EPA経済連携協定の合意という二つを中心に酪農制度を大きく変える改革が行なわれており、それが何を意味しているかである。

本講演でお話すること

食生活において、牛乳・乳製品はなじみ深い食品であるが、これを生産している日本の酪農・乳業は非常に課題が山積している。生乳生産が低迷して、断続的に、バターなど乳製品の不足がこの10年ぐらいの間に何度も発生している。そのため、生産を増やさないといけないが、それを担う酪農の存立基盤が劣化し、非常に大きな問題となっている。昨年から生乳の流通制度に関する改革が行われている。生乳生産が低迷している状況を打開するという名目で政府により、この改革が推し進められ、来年の4月からそれに伴って制度が大きく変わる。さらには貿易の自由化に向けた動きも進んでおり、2015年10月に環太平洋パートナーシップ協定=TPPが合意し、今年の7月には日本とEUとの経済連携協定、EPAも合意した。
トランプ大統領になった関係で、TPPの発効は見通しが立たなくなったが、この度アメリカ抜きのTPP11(イレブン)が大筋合意した。乳製品に限って言うと、アメリカがいなくてもオーストラリアとニュージーランドとカナダがいるので、アメリカ抜きでもTPPとあまり変わらない影響が出るのではないかと思う。さらには、日米FTAの話もある。アメリカ側からの要求として来るのは間違いなく、乳製品を始めとする農産物の関税の撤廃や削減が近い将来起きる可能性があり、影響が懸念される。
まず日本酪農の置かれている状況を簡単に確認し、その後生乳の流通の実際、続いて生乳の流通に関する制度、その生乳流通制度がどう変えられようとしているのか、最後に貿易自由化について触れ、国産の乳製品が、日本の酪農・乳業にとってどういう意味があるのかを中心に述べる。

牛乳・乳製品の消費動向(生乳換算)

まず日本酪農の現状について、これは牛乳・乳製品の消費動向を表している。全て生乳に換算した量で、例えばチーズ1kgなら生乳10kgと換算して全部足したもので、このグラフの合計が日本国内における牛乳・乳製品の消費量を表している。2000年ぐらいからおおむね1,200万tぐらいの水準で、大体横ばいの状況が続いている。そのうち国内で供給しているものが青い部分と赤い部分で、青い部分が飲む牛乳として飲用向けに消費されている部分。95年ぐらいがピークだったが、牛乳の消費量が減っている関係で減ってきている。一方赤い部分が乳製品で、横ばいの状態が続いていて堅調な状況である。一番上の緑の部分が輸入。80年代から90年代に掛けて大幅に輸入が増えている。生乳に直すと7割がチーズで、輸入乳製品のほとんどがチーズという状況。ここ2~3年チーズの輸入がかなり増えてきて、チーズの消費量が過去最高になった。

北海道酪農 都府県酪農

日本酪農は、地域によっていろいろな形があるが、大きくは北海道と都府県に分けることができる。全て平均値なので細かい実態を正確に表しているわけではないが、簡単に言うと経営規模が大きいのが北海道。1戸あたり飼っている乳牛の数(子牛も含む)は、北海道120頭に対して、都府県では50頭程度。北海道の方がかなり規模が大きい。
飼料も北海道と都府県ではかなり違いがある。北海道は牧草を始めとして、自分で作っているという経営が多い。トウモロコシになると購入も多いが、基本的に牧草に関しては全て自分のところで作っている。しかし都府県は、牧草も含めて、購入している酪農家が多い。
その結果として、生産コストに差が生じる。経営規模が大きいという差と、飼料を作っているか買っているかという差により、生産コストに差が生じ、北海道は1kgの生乳を作るのに77円コストが掛かっているが、都府県の場合は98円で、20円ぐらい違う。生乳の価格は、何に処理するかにより値段が違う。飲む牛乳向けに処理される生乳は高い値段で売れるが、乳製品になる生乳はそれよりも安い値段で販売される。

北海道=乳製品、都府県=牛乳

コストの差により、北海道はコストが低いので乳製品として売っても経営が成り立つが、都府県の場合は生産コストが高いので、作った生乳は基本的に飲用向けで売らないと経営が成り立たない。結果として、都府県で処理されている生乳と北海道で処理されている生乳を比べると、都府県は圧倒的に牛乳になっているものが多い。一方北海道は全く逆で、乳製品に処理されている生乳が非常に多い。
日本全体の生乳生産量で、赤が北海道で青が都府県の生産量。特にここ15年で、都府県の生乳生産量が減少を続けている。北海道も、ここ15年ぐらいはほぼ横ばいの状態が続いている。都府県が減って北海道が横ばいということで、日本全体で見ると減っていて、減少量が15年で100万t。850万tだったのが700万tぐらいまで下がっている。100万t、簡単に分かりやすく言うと牛乳パックで10億本に相当する量である。

2007年以降、生乳生産量の減少に伴う需給逼迫の断続的発生

酪農家の規模はここ15年ぐらい拡大してきており、10年ぐらい前の飼料等の生産資材価格の高騰で経営が大きく悪化したが、最近は乳価が上がってきたりして、所得が10年前以前の状態に戻りつつある。しかし、それでも生産の減少が止まらないというのが大きな問題である。その結果、バターが時より足りなくなるので、乳製品輸入が増加している。もともと日本国内で全てまかなえるはずなのが、足りないので輸入せざるを得ない状況になっている。

生乳生産増加に向けた阻害要因

では、生産が減っているのは何故か。生乳生産を増やそうとした場合にどういうことが問題かという全国の酪農家を対象に中央酪農会議が採ったアンケートであるが、都府県と北海道で微妙に違い、北海道では労働力不足。4割近い酪農家が挙げている。2番目が、酪農政策が今後どうなるか分からない。非常に不安である。あとは施設とか設備とか機械が足りない。都府県だと経営者が高齢化している。購入飼料、買っている餌の価格が今後どうなるか分からない。あとは労働力不足という問題が出てきている。

酪農家から乳業工場へ

生乳の流通は、酪農家のところで絞られて生産され、そこからミルクローリーで乳業メーカーの工場に運ばれる。

生乳の流通チャネル(商流ベース)

現在の日本の生乳流通のアウトラインで、一番左側に酪農家がいて、一番右側に乳業メーカーがいる。大きく分けると二つのタイプの流通があり、ポイントになるのが赤いところの指定生乳生産者団体。略して指定団体と呼ばれている農協があるが、生乳は大きく分けると指定団体を経由しているものと、指定団体を経由していないものと二つに分けることができる。
指定団体を経由する流通の比率が圧倒的に高く、おおむね97%ぐらいである。単位農協というのはいわゆる地元の農協で、地元の農協に出荷して、そこからさらに指定団体。北海道だとホクレンという指定団体があり、関東だと関東生乳販連という指定団体があるが、そういうところに出荷されて乳業メーカーに販売されることになっている。
最近は、MMJという生乳を専門で扱う卸売業者が脚光を浴びており、取扱量を増やしている。ただし、日本全体で今5~6万tぐらいの量を扱っている程度である。

生乳の直接販売は難しい

酪農家からメーカーに直接売った方がいいんではないかという話はよく言われる。これは酪農に限らず、米・野菜でも直接販売した方が中間コストが掛からなくていいんではないかと。でも、特に生乳の場合は直接販売が非常に難しい農産物である。
一つは消費の季節性。要は消費量が季節によって変わるということ。飲む牛乳に関しては夏場の消費量が多くて冬場は減るという季節変動がある。バター・生クリームに関しては、クリスマスの時にお菓子とかケーキとかがたくさん売れるので、年末に消費量が偏るという傾向がある。
もう一つは、生乳の生産の特性もある。生乳を作ろうとしても、子牛が生まれてからその子牛が成長して、実際に子牛を出産するまで大体2年ぐらい掛かる。子牛が生まれてその子牛が成長して、妊娠して出産して初めて生乳が生産されるので、それまで2年間掛かるので、今増やそうと思っても実際に増やせるのは乳用種の種付けからみると約3年後であるということ。あと実際に乳が出始めると、量を調節するのが難しい。出るものは全部搾ってやらないと病気になってしまう。搾り始めたらいらないから搾らずに置いておこうという対応はできない。あとは生乳の生産量も季節によって変動する。春先が一番多く、夏から秋に掛けて少なくなる。夏に減ってしまうのは、ホルスタインはもともと寒い地域の牛で、夏バテして減るということになる。
牛乳の方は夏に消費量が増えて、逆に生乳の生産は減ってしまうということで、真逆の動きをする。この辺の調整が難しいが、要は消費に合わせて生乳の生産量を調整するのが難しいということである。
さらに生乳は日持ちをしない。5度で冷やしておいてもせいぜい3日が限界だと言われている。生乳は日持ちしないということと、乳業メーカーは基本的には自分たちが必要な量しか買いたくない。乳業メーカーが買いたい量と、酪農家が実際に生産している量が合わない。これが非常に大きな問題である。直接酪農家と乳業メーカーが1対1で取引しているとその調整が難しいので、酪農家と乳業メーカーとの間に入って調整する組織というのが必要になってくる。日本で言うと特に農協がそういった役割を中心的に担っている。