- 3.日本におけるミルクの位置 -
日本でミルクはどのように浸透しているのかという問題です。
この地図でもわかりますが、日本はもともと東南アジアと同様ミルクを利用して来ませんでした。一部の貴族階級を除いて、庶民にはミルク利用の文化がありませんでした。もともと日本では、ミルクを必要とせずに食生活が成り立ってきたのです。それが、江戸末期になると、外国人との接触を通じてミルクが庶民に利用されるようになりました。非乳文化圏の日本にミルクという文化が入ってくるには、その立ち位置があるはずです。それは現在のところ、主に5つの形態があるのではないかと考えています。
1つ目は、乳文化は「嗜好品」として日本の食生活に受け入れられています。嗜好品とは、ケーキやプリンなどのスウィーツのことです。街には多くのスウィーツ屋さんで溢れ、食生活でも多品種のスウィーツを摂り入れています。確かに、嗜好品として乳文化は日本で花開いています。2つ目として「西欧型の食文化」として入ってきています。パスタやピザ、チーズバーガーなど、乳文化は西欧型の食文化とともに日本にも浸透している事実は説明するまでもありません。3つ目は「健康補助栄養食」として入っています。牛乳飲用の慣習やヨーグルトの摂取など、栄養分を補給し、胃腸などの働きを整える目的で、乳製品を摂取している人も多いのではないでしょうか。4つ目として「コメとの融合」があります。ドリアにはコメにたっぷりのチーズやバターが使われ、カレーにはヨーグルトやチーズを添えて頂きます。最近では、カマンベール寿司なる食文化も誕生しています。カマンベールチーズと寿司とは意外に思われるかもしれませんが、これが実に美味しく、乳製品とコメとの相性の良さを示しています。5つ目は「発酵食品との融合」です。セミハードチーズの味噌漬も実に味わい深いです。熟成チーズに日本酒はとても合います。元来、発酵食品(乳製品)と発酵食品(日本の伝統的発酵食品)は相性が良いのです。
日本は、もともとは非乳文化圏の国でした。ミルクが必要不可欠でなかった地域(日本)において、新しく入ってきたミルクは必要不可欠でないように日本の食文化に浸透してきています。それらの日本社会における乳文化の独特の位置を整理すると、上記の5つの型に整理されるわけです。これらの整理は、日本における食文化の特徴、乳製品の発展方向を考えるにおいて、極めて興味深い分析です。
日本で庶民までがミルクを使い始めて未だ150年程、その間によくここまで浸透した感があります。日本人というのは一般的に言って、異文化融合・創作の天才だと思います。「明太子パスタ」「ラーメン(もともとは中国起源)」「オムライス」など、海外起源の食文化を日本食風にアレンジした料理がたくさん存在しています。更に、多くの食材が海外から来ています。コメ、味噌や醤油の原料のダイズ、蕎麦は中国や東南アジアから渡ってきたものです。その他、カボチャ、ジャガイモ、ネギ、ダイコン等々もそうです。これらの食材を日本で二次的に発展させました。例えば、ダイコンは聖護院ダイコンですとか加茂ナス等は日本オリジナルな野菜にしてしまいました。このように日本人は、異文化を積極的に取り入れて、まるで我が文化のようにしてしまう天才児なのです。
ミルクの普及についても、日本固有のメニューに乳製品を加えておいしく、且つ、栄養価も十分配慮した食育活動が行われています。今後150年を見通したとき、今まではそれ程必要ではなかった乳製品を必要不可欠な食文化にしていく試みが続けられています。前述した浸透の5つの型は、乳文化の浸透・変遷の初期段階、ほんの150年間の歴史の中での浸透・変遷です。さらに乳・乳製品と日本食を拡大していくためには、創意工夫していく楽しさやその醍醐味、美味しさから展開していく必要があります。日本人は、真面目に食品に健康・栄養や機能性を問いますが、人びとが広く許容し、受け入れていくかどうかは、食品である以上、「美味しさ」「楽しさ」なのです。この「楽しさ」という観点が、今後日本での乳製品の非不可欠から不可欠な食文化へと発展していくための極めて重要な要素であると考えています。
一方、上記の図は日本文化の「和食」とは何かをキーワードで示したものです。和食というのは単に食材・食料ではなく、日本の風習・文化に支えられながら出来上がった食文化体系です。図に示す通り、和食は年中行事と深い関係があり、四季の変化や自然の美しさ、そして絶えず変化し今後も変化する等といった側面を持っています。
この「和食」という日本の食の真髄に乳・乳製品が入っていけるかというと、和食のキーワードに合致するように乳・乳製品が入っていくには、将来的になかなかに難しいと思います。「和食」と融合するというよりも、日本食文化がこれまでに様々な食材と異分野融合してきたように、「楽しみ」ながら、「美味しい」と感じるセンスの元、「日本食」として乳文化は日本食文化の中で発展していくのではいかと考えています。
【これまでのまとめ】
- 非乳文化圏(日本)での乳文化の浸透・変遷の初期段階は5形態に集約
- 今後の乳製品の日本食文化への浸透は「楽しみ」「美味しい」が重要な要因
- 和食との融合の可能性は未知数
これらのことは乳業の方向性を決める上で大切なことだと考えています。
- 4.国際化時代の今、求められている事 -
「人間関係資本」「乳文化の付加価値」
乳製品は単なる商品ではなく、情報を伝えるメッセンジャーです。生産者と消費者を近づけるものでもあります。現代のように市場が巨大化し、大量生産・大量消費の中で生産者と消費者の距離があまりにも離れすぎています。その距離をどのように近くしていくのか、今、その仕掛けが必要です。
上記は、フランスのマルシェ(市場)の写真です。チーズ職人がマルシェに出店し、そこで自家製のチーズを販売している写真です。そこで、酪農家でありチーズつくりの職人である生産者が、自らお客さんに説明しながら自分でつくったチーズを売ります。つまり、チーズという商品を通じてその品質や味、つくり方などをお客様に伝えているのです。お客様は、その情報を信頼してこの生産者から買っていくのです。消費者は、買ったチーズを家に持ち帰り、家族にその内容を伝え、チーズを囲んで人びとの和ができます。このように、乳製品を通じて、情報は伝達され、人びとを繋ぎ合わせます。そして、大切なことに、ここには食品に対する絶大な安心があります。それは、人(生産者)と人(消費者)が直接に出会っているからこそ生まれる安心感なのです。
その職人のチーズを買う、これからも買いたい、買っても満足できる。そうしますと、価格ではなくそのチーズを価値として買うことになります。そのことは、マルシェでの出会いから生まれてきます。生産者が店頭にまで出てきて、消費者に近づいて売る。そうしますと、価格の経済活動ではなく価値の経済活動になります。ミルクは価値を伝える媒介物のセンスがあると思います。
このマルシェでも他国から価格の安いチーズが入ってきます。チーズ職人達は、そのことも問題は無いと言います。それは競争をしているのではなく共存しているからだと言います。
日本でもTPP大筋合意を受け、他国の価格の安い商品が輸入される可能性があります。それに対抗するため、国産の食品の競争力を高めなくてはならないという議論があります。しかし、安い商品と競争するのではなく、生産者との「出会い」を通じて日本の商品の価値を認めてもらうことで「共存」できるのではないでしょうか。
ドイツマインツの朝市にも「共存」が見られます。マルシェとか朝市は「出会いの場」で生産者と消費者が近い関係性を持ち、「無農薬でつくっている」「このようにして栽培している」「このような材料を使って加工している」「このような野菜が欲しい」「このように厳選加工された食品が欲しい」など価値を伝え合います。それらの会話を通じ、生産者が生産する食品の価値を消費者が実感として認め、納得して購入する食品に対しては、やはり絶大な「安心」があります。人間関係資本に基づいた価値の創造、価値経済です。国産の食品の競争力を高めるためには、これが重要だと思います。
この朝市は周に数回、定期的に開かれています。様々な生産者から野菜、肉、チーズ、パン等多くの種類の食材が売られています。
チーズ屋も出店していて、そこではパンも売っています。その場で楽しめます。また、このチーズ屋は生産者が出店していて、お客様と語らいながら売り買いが行われています。これが「出会い」です。非常に生産者と消費者が近い関係の仕組で、そこに「安心」があります。この朝市から学ぶことは、生産者と消費者の近い関係性、その関係性に基づく共存からくる、安心。更に、国産商品の重要な販路であり、需要確保の場でもあります。生産者にとっては生活の場でもあるし、お客様との触れ合いの場でもあることから、やりがいも生まれてきます。
日本にも朝市は輪島や高知にあります。日本にも近い関係を築く素地はあります。但し、場所の確保、出店の初期投資、地元の商店等との調整がありますが、生産者が前面に出てきて販売することが重要です。今、国際化が進展する中で朝市に限らず、生産者自らが提供・販売する国産品と出会う仕組をどのようにつくるかといことが重要になってきているのではないでしょうか。
もう一つ重要な点はミルクの文化としての格上げということです。乳製品はそれを通して、語らい、喜び、そして、人生がうずまきます。また、現代のような忙しい社会だからこそ、人と人を繋ぐことが求められています。ミルクは、そんな力を持ちますし、何よりも人を笑顔にする力があると思います。
- 【最後のまとめ】 -
- 乳文化の起源は西アジアで1万年前
- 搾乳の発明は人類史における一大産業革命
- ミルクが利用できるように人類も進化
- ミルクは人類の生活にとって価値と意義がある
- 日本型乳文化の形成が近未来に発展
- 「人間関係資本」と「乳文化の付加価値」
とまとめ、本日のセミナーを締めくくりたいと思います。