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第85回 人類を支えてきたミルク
~ミルク利用の発達史と現代日本における立ち位置~

牛乳・乳製品から食と健康を考える会 開催

- 講演後の質疑応答 -
Q1.仔が生長するための乳を横取りしても母畜は大丈夫なのでしょうか。
A1.
  • 搾乳によって搾りすぎては母畜が死んでしまうことは、滅多に無いと思います。ただ、やはり母畜への負担は大きいと思います。牧民は仔の成長段階を見ながら、ミルクを飲ませる量をコントロールして、きちんと母畜をマネジメントしています。
Q2.紛争地帯となってしまった西アジアでは、伝統的な乳文化は継続されているのでしょうか。
A2.
  • シリアの現地の友人から入ってきた情報によると、人々は通常通りに生活しているとのことです。しかし、実態はわかりませんが、これまでと同様に牧畜による生活を続けていると信じたいと思います。
Q3.西アジアで家畜がヤギ・ヒツジからウシに替わるのはどの時代なのでしょうか。
A3.
  • 西アジアの乾燥地帯は今でもヤギ・ヒツジが家畜の中心です。特に、移動している民族では今でもヤギ・ヒツジです。水が豊富で人が定住できる地帯、つまり農業地帯や半農半牧地帯では、1~2頭のウシを1~2頭飼うようになります。ヤギ・ヒツジかウシかは、主に生態環境に依っていると言えましょう。
Q4.牧畜がヨーロッパへ伝播していった時に、ウシの利用がはじまったのでしょうか。
A4.
  • ウシからの搾乳も西アジアで始まりました。ただ、ヨーロッパのように水や草も豊富にある地域はウシの占める割合は大きくなり、現在のような酪農になったと思います。
  • 質疑応答
Q5.東南アジアではココナッツミルクが料理に合うために、使われることが多いのですが、そのような地域にミルクは浸透していくのでしょうか。
A5.
  • ココナッツミルクは脂分も含まれており、料理に使っても美味しいものです。フィリピンとインドネシアで調査しました。嗜好品として入っています。ヨーグルトに蜜をかけて食べるスウィーツとして入っています。補助栄養食としても乳酸菌飲料等は飲まれています。教育でもミルクがあれば栄養的に完璧といったようなスローガンも掲げています。西欧型の食文化としてチーズバーガーを食べます。ミルク粥に甘いものをかけて食べたりもしています。ただし、日本のように発酵食品との融合はされていません。これ以外の伝統食には入っていないようです。
Q6.「醍醐」というのは何でしょうか。
A6.
  • 仏典の中に「乳」から「酪」、「酪」から「生酥」、「生酥」から「熟酥」、「熟酥」から「醍醐」、醍醐は最上なりという言葉があります。南方系の由来だと思います。サンスクリット語で書かれたものが漢語に翻訳されて日本に伝わりました。
    「乳」はミルクです。「酪」はヨーグルト、「生酥」はバター、「熟酥」はバターオイル、それでは「醍醐」は何かと言うと明確な記述がありません。ですから、いろいろな解釈があるのです。「醍醐」もバターオイルだと思われます。これは、低級脂肪酸や不飽和脂肪酸が多く含まれた常温でも固まらず液体になりやすいバターオイルと推測されます。パーリー聖典、ベーダ聖典では「熟酥」までは詳細な記述がありますが、それ以降は推測になりますがおそらくバターオイルで蒸発してほんの僅かしか採れません。ですから、薬として用いられ特権階級しか利用できなかったものではないでしょうか。
Q7.インドの「ギー」とは何でしょうか。また、チーズは何処に位置付けられていますか。
A7.
  • 「ギー」はバターオイルです。インドの牧畜民は基本的にチーズをつくりません。ただし、インドの都市民は「パニール」というチーズをつくります。タンパク質を保存しない地域がユーラシア大陸に2か所あります。一つはこのインドでもう一つがラクダ遊牧民です。共通することは一年中ミルクを搾ることができることです。ラクダは一年中ミルクを出します。加工保存しなくてもいつでもミルクがある生活です。インドも赤道に近いため、家畜は季節繁殖ではなく周年繁殖します。また、農耕も盛んで多種類のマメ類を栽培しています。ですから、ミルクからだけでなくマメ類からもタンパク質を補給できます。これらの諸要因が関係し、インドでは牧畜民はチーズを加工しないように特異に発展していきました。インドは牧畜と農耕とが一体化して発達しているところが特徴です。
Q8.「共進化」という言葉を使われていますが、この言葉は進化論とも関係するため、もう少し知見の集積がされてから、使うべきではないでしょうか。
A8.
  • 「共進化」ということは、ウシは仔畜にしか与える量のミルクしか出さなかったのですが、品種改良や遺伝子の選択で大量のミルクを出すことのできるウシにしてきました。ウシも遺伝的に進化させてきました。人間も遺伝子の変化が起き、大人になっても乳糖を分解できるように進化しました。ですから、人間とウシとが共に生活し合い、その長い共存の過程を経て、共に遺伝子的に変化を起こしたという意味で「共進化」と言う言葉を使いました。