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第76回 乳製品の国際需給の動向について

牛乳・乳製品から食と健康を考える会 開催

第76回 乳製品の国際需給の動向について
日時
平成25年11月18日(月)15:00~17:00
会場
乳業会館 3階 A会議室
講師
元 独立行政法人農畜産業振興機構 畜産需給部長 野村 俊夫
【 出席者 】
「牛乳・乳製品から食と健康を考える会」委員
消費生活アドバイザー 碧海 酉癸
管理栄養士 荒牧 麻子
毎日新聞社 記者 今井 文恵
消費生活コンサルタント 神田 敏子
評論家・ジャーナリスト 木元 教子
作家・エッセイスト 神津 カンナ
日本大学芸術学部特任教授 菅原 牧子
科学ジャーナリスト 東嶋 和子
産経新聞社 文化部記者 平沢 裕子
(50音順)
乳業メーカー:広報担当者
乳業協会:小板橋専務 他
【内容】
猛暑の夏が過ぎ、過し易い季節となったものの、酪農・乳業界を取り巻く環境は、乳牛の夏バテによる乳量低下、穀物相場の高止まりと円安の進行による飼料価格の高騰等の影響による乳価の引き上げおよび牛乳価格への転嫁による小売価格引き上げ、これに関連しての今後の小売価格の維持、さらに消費への影響等多くの厳しい環境変化の中にある。さらに、TPP交渉の進捗・動向に対しても、予断を許さない状況が続いている。
このような状況の中、日本の酪農事情のみならず、海外の酪農事情を理解・把握し、激動の時期を迎えている日本の酪農乳業の今後の方向性に関し議論することは重要であると考える。前回の「考える会」においては、「日本の酪農事情」をテーマに講演を頂き、意見交換を行っていただいたところである。
そこで今回は、元 独立行政法人農畜産業振興機構 畜産需給部長 野村俊夫様に、意外と知られていない、TPP会議参加国の酪農事情の現状に関して、「乳製品の国際需給の動向について」をテーマに、ご講演をいただき、EU、アメリカ、オセアニアを中心とした海外の酪農事情を把握し、TPPへの対応とその後について考察したいと考える。
- 1. はじめに -

TPPに関しては色々な意見をいわれる方がたくさんおられますが、現実に外の世界がどのようになっているかを踏まえないと、落ち着いた議論がなかなかできないということをときどき感じることから、今回は、各分野でオピニオンリーダーをされている皆様に、酪農乳業、乳製品に特化して世界を見てみたいということで紹介させていただきます。

- 2. 主要国の生乳生産量 -

下記グラフは、主要国の生乳生産量を多い国から並べている。EUはご存知のように一つの国ではなく、2013年7月にクロアチアが参加して28カ国になっており、その28カ国の合計である。1億4千万トン弱ということで、圧倒的な生乳生産量を誇っている。続いて米国、インドとなっている。インドは統計が取れない部分が多々あり、またインドには相当な数の水牛がいるが、この統計には水牛の乳が含まれていない。水牛の乳を足した場合は、1億2千万トン位になるといわれており、単独の国では米国を抜いて世界1位と言われている。ただ統計がないため、証明の手立てはなく、推計になる。続いて中国がきているが、中国はほんの10年くらい前までは、このような表の中には出てこなかったが、近年は急激に生乳生産が増えてきている。国家的事業として増やしており、間もなく4千万トンに達するのではないかといわれている。日本は約750万トンとなっている。
グラフの中で赤い字で示した国があるが、乳製品の輸出は、ほぼこの4つの地域に限られている。従って、将来的に日本がTPP等で関税を撤廃して輸入ということになった場合、現状ではほとんどがこの4つの地域からしか入ってこないと考えてもいいといえる。

主要国の生乳生産量(2012年)
- 3. 生乳の特徴 -

視点を変えて、搾乳された生乳に関し、取扱い上どのような特徴があるかを説明する。
生乳は、乳牛から毎日朝晩、酪農家の方が搾って出荷されるわけであるが、これは穀物や野菜とは異なって、蛇口を閉めればストップするものではない。必ず毎日液体の形で生乳出荷されるもので、なおかつ腐り易いために、直ちに適切な殺菌処理をしなければならないという、ある意味農産物の中でも特殊な部類に入るものだということを認識する必要がある。
このような特殊なものであるため、世界では、先程の統計で示した国以上に多くの国で生乳が生産されているものの、統計的にカウントされている数字は、先進国を中心とした適切な設備で殺菌処理されているもので、実際の約60%と言われている。その理由は、生乳の冷蔵輸送設備や適切な殺菌処理の施設が整っていない多くの国や地域、メインにはインドを筆頭とする途上国では、その地域で搾った牛乳をバケツ等に入れ、煮沸などの簡易殺菌を行い、そのまま飲用にする、あるいは発酵させてヨーグルトのような形にするということで、液状のままで消費されているのが相当部分あるからである。この部分はその地域の外に流通することはない。従って統計には出てこない部分である。たとえ生乳処理が、輸送されて殺菌されて適切に行われたとしても、フレッシュな液状乳製品、例えば牛乳やヨーグルト、そのような状態のままでは長距離の輸送には適さない。従って外国への遠距離輸送は全く難しいといえる。粉乳やチーズ、バター等の運び易い形、保存し易い形にまた加工が必要になってくる。
<生乳の特徴>
・生乳は、穀物や野菜等と異なり、毎日生産出荷され、かつ直ちに適切な殺菌処理をしなければならないという、特殊な農産物
・世界で生産される生乳のうち、適切な施設で殺菌処理されているのは先進国を中心に約60%(推計)
・生乳の冷蔵輸送設備や適切な殺菌処理施設が整っていない多くの国や地域では、煮沸等の簡易殺菌を行うだけで消費されている(流通しない)
・たとえ生乳の殺菌処理が適切に行われたとしても、フレッシュな液状製品のままでは輸出等の遠距離輸送には適さない(粉乳、チーズ、バター等への加工が必要)

世界地図
- 4. 牛乳・乳製品の種類と製造工程 -

以下の図は、牛乳・乳製品の種類と製造工程を示したもので、図の一番上が搾ったままの「生乳、原料乳」、その下が「殺菌、滅菌」処理される部分である。この殺菌、滅菌工程に行くまでに既に4割くらいの乳がのまれている。残りの6割が殺菌、滅菌される。次いで、殺菌、滅菌されたものが3段目になるが、脂肪の部分と脱脂乳に分ける工程である「乳脂肪の均質化」、「濃縮」、「遠心分離」、もしくは「乳酸菌(を加えて)発酵」、「タンパク質凝固」等の加工処理を行うことで、最下項に示す製品となる。左から4番目までは飲む製品で、「成分無調整牛乳」、「成分調整牛乳」(「低脂肪乳」や「無脂肪乳」)、脂肪を添加し濃厚にしたような「加工乳」、「乳飲料」(コーヒー牛乳や乳成分以外を加えたもの)がある。「濃縮」という過程からは、そのまま濃縮したものは「濃縮乳」になり、それを乾燥すると、生乳から水分だけが除かれた「全粉乳」になる。
図中の黄色で示した製品は、輸出に向けられる可能性があるものである。「遠心分離」の過程から、「脱脂粉乳」、「バター」が製造され、各々の途中の工程からは、「脱脂濃縮乳」、「クリーム」が製造される。「クリーム」はフレッシュクリームであり、長距離の輸送には向かない製品である。「乳酸菌(を加えて)発酵」させると発酵乳、いわゆるヨーグルトになり、「タンパク質凝固」という過程からは、「チーズ」ができる。「チーズ」にも2種類あり、菌が生きている「ナチュラルチーズ」と、いくつかの「ナチュラルチーズ」を混ぜ合わせ加熱し菌を死滅させ長持ちさせた「プロセスチーズ」とがある。
チーズを製造する過程で、「チーズ」の固まりができ、黄緑色の液体の中に浮く状態になるが、この液体がホエ―で、この中に最近注目されている「ホエ―タンパク質」が含まれているており、これを乾燥させ「ホエ―パウダー」が製造されている。

牛乳乳製品の種類と製造工程
- 5. 乳牛のライフサイクル -

乳牛のライフサイクルを示す。
一般の消費者の中には、乳牛はなにもしなくても1年中乳を搾れば出てくるものと勘違いされている方が結構おられるが、乳牛も哺乳類の動物であり、子供を産まないと乳は出ません。雌牛は誕生後2カ月で離乳し、14~16カ月で最初の人工授精をおこない、その後10カ月経ってようやく出産となる。出産した過程から乳が出始め、300~330日くらいの間、乳を搾って人間に提供することになる。1年に満たない2~3カ月の間は閑乳期と言って乳を搾らない期間がある。乳を搾って人間に提供している間に、人工授精により妊娠するようにし、出産、搾乳を繰り返す。常にお腹には子供が入っている状態にし、ある意味では人間の都合で、母親としては酷使されているといえる。通常では4産くらいで廃用になり、肉として人間に提供されるようになる。

乳牛のライフサイクル
- 6. 日本の牛乳・乳製品需給 -

日本の牛乳・乳製品の需給はどうなっているかを示す。乳製品は全て元の生乳に換算して示している。
1960年頃の日本の生乳生産は、200万トンに過ぎなかった。輸入も殆どなかった。それが、高度成長とともに需要が大きく伸びた。これは、皆さんが牛乳・乳製品を大きく消費するようになったのと、政府が北海道を中心に酪農という新しい産業を、農業の一つの基幹部門として育てようという政策を大きく導入したため、そうした政府の後ろ盾もあって、1990年代の半ばころには最高で820万トンを超える生乳を国内で生産するようになった。この35年位の間に約4倍以上に伸びたことになり、これは相当に急激な伸びだといえる。
一方、日本は国土の制約もあり、生産が伸びたといっても需要に追いつかなかった、ということもあり、赤い部分の輸入がどんどん伸びてきている。近年では全体供給量が頭打ちになってきているが、輸入と国産の割合はどんどん入れ替わってきており、直近では国産が65%、輸入が35%という割合になっている。残念ながら、国内の生産が段々落ちてきているため、その分を輸入が補うという形になってきている。

日本の牛乳乳製品需要
- 7. 乳製品の輸入量 -

次に、輸入というのはいったい何が輸入されているのかを示す。
チーズが圧倒的に多いのがわかる。この値は製品ベースで示されており、2012年度には、約25万トン入っている。毎年このレベルの量が入っており、他の乳製品の輸入量は少ない。なぜチーズが多いかは、はるか昔の昭和26年に既に自由化をしており、約30%の関税を払えば誰でも輸入できる状況になっていた。昔は、チーズに対して、「石鹸のようで、自由化しても日本人はこんなものは食べないだろう」ということで、早々と自由化をしてしまったと聞いている。当時はバターと脱脂粉乳の2品に対し、国産を守らなければならないとのことで、チーズは考慮されてなかったと推察する。

乳製品の輸入量
- 8. チーズ輸入の内訳 -

チーズの内訳としては、日本人が食べ易いようなプロセスチーズの原料が多かったが、近年では直接消費用のナチュラルチーズが増えている。最近では、スーパーに行くとチーズの売り場が多くあり、いろいろなヨーロッパのチーズがたくさん売られている。原料チーズとしてのナチュラルチーズ、例えばゴーダチーズやチェダ―チーズなど大きなバルクのチーズは、ブレンドされ、加熱溶解され、プロセスチーズにされている。原料チーズに関しては、各社が工夫を凝らして配合を変えることにより、消費者向けに色々な味のチーズを作っている。ナチュラルチーズはまだ菌が生きているため、食べ頃などを気にしながら食べなければならないが、プロセスチーズは菌が死滅しているため、安定した状態で冷蔵庫保管ができる。

チーズ輸入の内訳
- 9. 乳製品の輸入制度 -

日本の乳製品の輸入制度に関し整理した。
・ナチュラルチーズは昭和26年から輸入が自由化されており(関税約30%)、直接消費用及びプロセスチーズ原料用として、毎年、大量に輸入されている。
・バター、脱脂粉乳等(指定乳製品等と法定されている品目)については、国内生産を保護するため、輸入割当制度(不足時に必要数量のみを緊急輸入)が行われていたが、UR合意により関税化(平成7年)。
つまり誰でもある程度の関税を払えば輸入ができるようになった。それまでは輸入割当であったため、政府からの割り当てが必要で、1kgたりとも輸入できなかった。関税化になったことにより、かなり高いものの、関税を払えば輸入できるようになったことは、自由化へ1歩前進したことになる。
・現在は、カレントアクセス輸入(国際約束:生乳換算137千トン)、追加輸入(従前の緊急輸入に該当)、学校給食用や飼料用等の関税割当輸入(無税)のほか、一般輸入(下記の関税を納付すれば誰でも輸入可能)が行われているが、関税が高いため、価格の高い特殊な商品しか輸入されておらず(仏のエシレのバター、医療用高免疫タンパク質等)、輸入数量も少ない(バター・脱脂粉乳等の国内生産は実質的に保護されている)。
バター: 29.8% + 985円/Kg
脱脂粉乳: 21.3% + 396円/Kg