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第101回 新型コロナウイルス感染症拡大が酪農・乳業へもたらした影響と対応について

牛乳・乳製品から食と健康を考える会 開催

- 緊急事態宣言に伴う休業要請 -
1.酪農乳業への影響

また、4月7日に7都府県を対象に緊急事態宣言が出され、16日には全国にまで対象を拡大しました。こうしたことは学校用給食という約1割の需要先がなくなったというだけではなく、カフェやレストラン、デパ地下、または冠婚葬祭のような会合等もすべて止まってしまいました。これにより、生乳全体の1割程度を占めている業務用仕向けの需要が一層落ち込むといった結果となりました。

- 入国制限等によるインバウンド需要の減少 -
1.酪農乳業への影響

また、これに加えて入国制限等もありました。2019年には約5,000万人の方が日本に来日し、お土産や滞在中の食事などにより国内で消費していただいていました。海外から来られる方の消費意欲は非常に旺盛でしたが、ほとんどなくなってしまいました。出入国在留管理庁からは、一定の国・地域に滞在歴がある外国人等について、上陸を拒否するという通達を出しました。こちらにおいても、原料に使用されている脱脂粉乳等の乳製品の需要が減少しています。反面、出国者もいなかったことから、その分の国内での需要増はあったのですが、やはりこの出国しなかった方も、皆さん旅行にも行かれていないということから、こういったお土産用に使われていたものは非常に厳しい状況でした。

- 国内の牛乳・乳製品の需給状況 -

このような学校給食用牛乳のキャンセル、業務用牛乳・乳製品の消費減少などで、消費されず、また、需要先がないことへの対応をどうするかという問題がありました。現在、生乳生産量は酪農家の皆様のご努力により増加基調で推移しているところです。もし、需要がない、行き先がないことで、生乳の廃棄が起こってしまえば、増産していこう、国民の皆様にたくさん生乳・乳製品を食べて飲んでいただこうという酪農家の意欲に非常に大きな影響を及ぼしてしまいます。
生乳生産量を増やしていくことに関しては、乳牛の数を増やすということがまず必要になってきますが、乳牛は年に1回しか子どもを産みませんし、子どもの数は基本的には1頭のみです。また乳牛という特性上、雌牛が出産できる年になるまで2年はかかるということを考えると、さあ生乳を増やすと言ってから、約2年から3年がかかってやっと増えはじめます。こういったことからも、やはり一度増産のペースに乗ったものは、その熱が冷めないようにしないと、生産量の調整が工業製品のように簡単ではないんです。したがって、せっかく作っていただいた生乳については、廃棄しないことが生乳生産を伸ばしていく上では非常に重要です。当然、食品ロスの観点においてもです。
そうして生産者・乳業メーカーが一体となって取り組んでいきましょう、乳業界を盛り上げていきましょうと、皆さんが一致団結して取り組まれたところです。また、学校給食用牛乳等の消費期限の短い仕向け先を、バターや脱脂粉乳・チーズといった保存の利く乳製品へと加工することにも頑張っていただきました。

- メーカーと酪農現場の苦悩 -
(参考)牛乳乳製品の製造工程

こちらは、生乳がどのような形で牛乳として皆様の食卓にあがるのか、また生クリームやバター・脱脂粉乳など、どんな種類の乳製品が作られていくのかということを示した表です。
一番上の飲用牛乳と発酵乳については、加熱殺菌をした上でパック詰めし、発酵乳については、さらに乳酸菌を入れて発酵させて消費者の元に届けられます。クリームは、生クリームのような形でスーパーでも売られているのをご覧になっているかと思います。この上から3つは、賞味期限が約1週間から2週間という非常に短いものになっています。

一方でこの生クリームの下にあるバターですが、こちらはだいたい生乳100kgから5kg、5%ぐらいできるものですが、こちらのバターに加工しますと、冷凍であれば約3年もちます。チルドで皆様が家庭用として消費いただいているものについては、だいたい半年が賞味期限という形になっています。また、生乳を遠心分離等をしまして、乳脂肪分とその他の部分で分けたものがクリームと脱脂乳という形になります。したがって、クリームは脂が多く、脱脂乳は脂がほとんどない形で分けられます。脱脂乳を濃縮して乾燥させたものが脱脂粉乳、スキムミルクというような形で皆さんもお聞きになったようなことがあるかもしれません。また脱脂濃縮乳と言いまして、こちらは脱脂乳を濃縮するのですが、水分を飛ばしきらずに、少し濃い状態にします。これをヨーグルトの原料とする。そうすると、脱脂粉乳を使うよりも風味のいいものができるそうで、こういったものも使われています。

下の方のチーズ、脱脂粉乳やチーズは、1~2週間しか持たない牛乳等に比べて非常に保存期限が長くなってきます。したがって、まずは牛乳に仕向けていく、ヨーグルトに仕向けていく、そしてバター自体の需要も勘案しながらですが、残った部分でバターや脱脂粉乳を作っていく。そうした需給の調整弁として、バターや脱脂粉乳は機能しています。そのような形で生乳というものは皆様のご家庭、または飲食店等で使われている状況です。

1.酪農乳業への影響

需要が減ってしまい、皆さんで協調して知恵を絞って頑張っていきましょうという状況になったのですが、実はもう一つの問題が重なっています。通常こちらのグラフのように、乳牛は年間で牛乳を出す量が一定ではありません。季節によって変動します。だいたいの動物は一番餌のある時期に子どもを産むという、家畜以外の動物であればそのような部分があり、乳牛の場合は食べる草が多くなる春先が一番子どもを産むのに適していて、春先に子どもが生まれ、出産のピークとなります。この出産してから1~2か月ぐらいが生乳を出す量が多くなる時期です。したがって、5月から6月上旬くらいまでが生乳生産量が年間を通じても多い時期という形になります。

まさにこの時期に緊急事態宣言があり、学校用給食も止まってしまいました。需要は減る、生産は増えるということで、非常に苦しい時期でした。ちなみに、夏場に向かうとホルスタインは暑さに弱いという性質もあり、人間でもそうですが、夏バテのような形で餌を食べなくなってくることがありまして、これにより生乳生産量が減ってきます。また秋口になると体が回復して生乳量が増えてくる、このようなことを繰り返しています。先ほど申した通り、生乳生産が多くなり、需要は減る、そういった中で乳業メーカーの製造能力を超えて、生乳を廃棄せざるを得ない状況に陥る恐れが出てきてしまったということです。

- 生乳需給における乳製品の役割 -
(参考)生乳需給における乳製品の役割

こちらは今申しあげたことを少しまとめています。
生乳の生産は、暑さで乳量が落ちる夏場は減り、冬場には戻ってくるということです。需要は、先ほど言ったことに加えて、夏場は暑いということもあって飲用牛乳を多く飲んでいただけますが、寒くなってくると夏ほどは飲んでいただけなくなります。その結果、冬場から春にかけて生乳の生産が需要を上回ってくるころに、保存性の高いバター・脱脂粉乳を製造して需給の調整をしてきました。
こちらは例年の図で、普段からもこの時期に脱脂粉乳・バターを作っていましたが、こういう時期にさらに多く作らなければいけなくなったという部分がございます。

1.酪農乳業への影響

では緊急的に生産量を減らすことができるかというと、乳牛は病気を防ぐためにも毎日搾乳し続ける必要があります。また、乳牛はいっぱいお乳を出せるように品種改良され、そのおかげもあって、たくさん生乳を出せるような個体になってきています。たくさんお乳を出せるので、搾らないとそれだけ乳が張ってしまいます。搾られないと非常に大きな負担が体にかかってきて、そのストレス等を原因として、乳房で様々な病気が発生しやすくなってしまいます。個体を傷めないためにも、やはり毎日搾ってあげなければいけません。今日は要らないから、搾るのやめたっていうことはできません。こういった生物としての難しさがあり、生乳生産量は短期的なコントロールが非常に難しい部分があります。最悪の場合は、乳牛の数を減らさなければいけない事態になります。そうすると、先ほど申した通り、もう1回増やそうとすると数年掛かってしまう、そんなことも危惧された状況でした。

- 家庭での牛乳の消費が増加 -
1.酪農乳業への影響

一方でプラスの面もありました。ステイホームということで、家庭での牛乳の消費が増加しました。家庭で子どもたちと一緒に牛乳を飲む機会が増えた、外出自粛の中で子どもたちと楽しく過ごすために、また大人たちの趣味として、家庭でお菓子を作る、料理を作ることが増えた、こういったことによってバターや牛乳等をたくさん使っていただきました。また、飲用牛乳としても消費が増えました。ホットケーキミックス等も品切れになるといったこともございました。
しかしながら、そうやって需要が急激に増えてしまったので、特にバターの需要が急に増えたことから、この家庭用バターが不足し、スーパー等の店頭から少なくなってしまうということが一時期起きました。このバターについて少しお話をさせていただきます。

(参考)バターの種類

2020年は5月ぐらいにバターが店頭からなくなったのですが、なくなったのは家庭用であり、実は業務用は例年以上に多く在庫としてたまっていました。バターは、大きく分けて業務用と家庭向けの小売用という形で作られます。この中身は全く変わらなくて、梱包単位の大きさと包装だけの違いです。
まず業務用で一番大きいのがバラと言いまして、こういった段ボール入りの20キロ程度のものです。大きなお菓子メーカーにはこのような段ボール入りのバラという形態で出荷をします。また、バラより小さい容量のものとして、小物・シートですとか、ポンドといったような形があります。国産であればポンドという形で450gぐらいの大きさのものを作ります。これは町のケーキ屋さんとかパン屋さんのようなところで使います。また、それより小さいものが家庭用ですが、皆さんスーパーでは箱入りかカップ入りのものを目にする機会が多いと思いますが、だいたい150gから200gのものになります。こういった複数の種類を各乳業メーカーでは作っています。小売用は冷蔵保存ですので、だいたい5~6か月が賞味期限となります。一方で業務用のものは冷凍であれば2~3年と賞味期限が長いです。そうすると、賞味期限が短いものは大量に作り置きしても無駄になってしまうリスクが相対的に高くなるので、家庭用は需要予測に見合った量を計画的に生産しています。ですので想定外に需要が急激に増えるとラインの製造能力を超え、バラやポンド等の在庫があっても、品薄になってしまうことがあります。

2020年の春先に不足した時にも、メーカーに家庭用の増産を可能な限り頑張っていただいたのですが、やはり一気に需要が増えてスーパーの棚に少ないと、春先にトイレットペーパーの騒動がありましたように、「在庫はある」という情報があっても、やはりもう1個買っておかなければいつ買えるか分からないというような心理がはたらき、買いだめのような需要の一時的な増加がさらに起きてしまいます。このような需要には持続性がなく、一気にドーンと増え、そして下がってしまう。そこに対応しようとして設備投資をしても間に合わず、できたころには需要が元に戻って余ってしまうといった面があって、なかなか既存の設備の能力以上に増産するのは難しいところがございます。

メーカーも消費者の皆様にご迷惑をおかけしないよう注意していたのですが、あまりにも多い一時的な需要に対応しきれない面がありました。春の品薄の際には、先ほど言いましたポンドを、普段は家庭用には少し量が多いためスーパー等では売らないのですが、こちらをネット、またスーパーの店頭でも様々な工夫の下で販売していただけて、ネット等にあるぞという安心感から、買い急ぎの心理も少し和らげることができたのではないかと思います。しかしバターは例年12月に非常に需要が多くなってくるうえに、感染症の拡大しやすい時期でもありますので、こんどの12月等に家庭用バターが店頭からなくならないようとにかく需要を注視しつつ、春先に行っていただいた様々な工夫や増産を行い、皆様にご不便をおかけしないように調整をしていきたいと考えています。
また、不足しがちな12月に買おうかなとお考えの方は、少し余裕のある11月あたりに買っていただけると、12月の混乱も減ると思いますので、可能であればそのようなご協力もお願いいただければと思います。