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第84回 日本における乳文化の導入とその後の変遷史

牛乳・乳製品から食と健康を考える会 開催

メチニコフ思想の影響

メチニコフの思想の影響について述べます。メチニコフは現在の免疫学の基礎を確立し、ノーベル賞を受賞した学者です。彼が1908年に“The prolongation of life”という書物を著しました。明治43年、大隈重信によって設立された大日本文明協会から資金を得て、中瀬古六郎(なかせころくろう)が“The prolongation of life”を翻訳し、「不老長寿論」を出版しました。メチニコフは「進化論」のダーウィンの信奉者でした。メチニコフは微生物を高等微生物と下等微生物に分けて微生物学を発展させましたが、彼はこの高等と下等の発想を人間社会にも当てはめたのでした。つまり、文明人と野蛮人といった具合に人種差別主義を唱えたわけです。彼は、人間はそもそも病気状態にあり、不調和なものである。それを健康にするために外部から何かを摂取しなければならない。そこで、腸内微生物に気付いたのです。野蛮人は永久にそのままで、文明人こそが腸内の悪い菌を良い菌に変えるための知恵があるとしました。こうした思考のもとで腸内微生物学が誕生したわけです。

雑誌「実業の日本」の創刊

「実業の日本」という雑誌についてです。明治30(1897)年に読売新聞記者の増田儀一と東京専門学校(現早稲田大学)の光岡威一郎によって創刊号が発刊されました。

病根を一掃し活力を持続し健康を増進する長寿霊剤の新発見

「実業の日本」が創刊されて間もなく特集記事「病根を一掃し活力を持続し健康を増進する長寿霊剤の新発見」が掲載されます。この特集は醗酵乳・ヨーグルトに対するメチニコフの考え方を掲載したものです。その記事をより効果的にするために当時の各界名士23名を紙面に掲載し一般人に発酵乳の摂取を大いに呼びかけたのです。

ケフィールの製造販売(阪川牛乳店)

ケフィールについてです。こちらは、ケフィールが阪川牛乳販売店から製造販売されたことを掲載した「大日本農会報」の一文です。大正元年のことです。

実業家によるヨーグルトの製造と販売

大正3(1914)年には民間実業家三輪善兵衛によってミツワ石鹸本舗(丸見屋)から初めてヨーグルトの製造と販売が行われました。

乳業者によるヨーグルトの製造と販売

乳業者によるヨーグルトの製造と販売が大正6(1917)年開始されました。その理念は創業者野村保の「貧しい物への救済と、慈善事業のもと国民の健康への貢献」です。

醗酵乳酸菌飲料の誕生

醗酵乳酸菌飲料の誕生の話です。カルピスについては、醗酵乳酸菌飲料では日本で一時代を画しました。歌人の与謝野晶子までカルピスの歌を詠んでいるほど、当時は大ブームを起こしました。

発酵乳・乳酸菌飲料の機能

発酵乳・乳酸菌飲料について今日では多くの機能性が研究されております。特に、「樹状細胞とToll様受容体の発見」で2011年にノーベル生理・医学賞を受賞したSteinman博士、Beutler博士、Hoffmann博士の研究は偉大です。彼らの功績により、免疫科学を中心に発酵乳・乳酸菌飲料に関する機能性の研究は大きく進んでいます。

新生児の腸管菌叢の形成
新生児の腸管菌叢の形成

新生児の腸管菌叢について最近ある学術書に発表された学説の紹介です。
光岡先生の著書には、胎児は母体中では無菌ですが産道を通過するときに子供の腸内に菌が侵入すると記されており、新生児の腸管菌叢の形成(1)の右図でも示されたとおり、誕生以降グラフの線のように腸内菌層が形成されていくとあります。この説明は現在医学界での常識になっており、否定する人はおりません。
最近、或る医学系の学術雑誌に驚くべき事実が報告されました。この説は、様々な細菌が母体の腸管壁を通過して血液に移行し、乳腺細胞に至り、子供の口に入るというものです。この論文では分娩2ヵ月前から母親はプロバイオティクスを積極的に摂ると、新生児に対し良好な腸管菌叢が形成されるとも言っています。現在のところ医学界はこの事実が普遍的に起こるものとして認めてはいませんので、あくまでも一つのエビデンスとして紹介するに留めたいと思います。

およそ9千年前から飲用されてきた牛乳

日本人は牛乳を沢山飲むと下痢をすると言われています。牛乳はガラクトースとグルコースが結合しているものですが、この結合を切る酵素、乳糖分解酵素ラクターゼが成長に伴い遺伝的に微弱になる為乳糖が分解されず、乳糖不耐症の症状が起こるというのが定説になっています。ある調査では、日本人のおよそ80%がラクターゼ欠損であると言われているのに乳糖不耐症の発症率は30%程度です。また、乳製品製造学の観点から申しますと、ヨーグルトの製造に要する発酵時間は僅か2~3時間ですが、その時間内では乳糖は完全に分解されず、3分の2の乳糖が未分解のまま残っています。それにも拘わらず、ヨーグルトとして摂取すると、不耐症の症状が起こらなくなったという人も多いのは何故なのでしょうか。

謎を解くGPCR

その謎を解く鍵は「GPCR」にあると考える須山享三氏(東北大)と市村敦彦氏(京大)の考えを紹介したいと思います。
GPCRとはG-Protein Coupled Receptorsの略称であり、Gタンパク質共役受容体ファミリーと呼ばれています。Gタンパク質は外因性の刺激物質を感知して、細胞内に伝達する働きをしている膜タンパク質で私達の腸管上皮細胞にも存在し、細胞のセンサーであると定義されています。このGタンパク質を発見したKobilka博士とLefkowitz博士は2012年にノーベル化学賞を受賞しています。人間においてはおよそ800のGPCRが存在すると予想されていますが、リガンドが判っているものはおよそ1/3の250程度であり、残りはオーファン受容体であると考えられています。
近年、オーファンGPCRのリガンドの探求の結果、様々な遊離脂肪酸(FFAs)を認識する新たなGPCRファミリーが確立されております。ファミリーとしてはGPR 40、GPR 41、GPR 42、GPR 43、GPR 84、GPR 120などがあります。これらのうちGPR 40とGPR 120は中長鎖のFFAsをリガンドとしています。一方、短鎖のFFAsをリガンドとしているのがGPR 42とGPR 43です。
発酵乳を介して腸管に達した乳酸菌やビフィズス菌などの有用細菌は乳糖を分解して酢酸、プロピオン酸、酪酸といった短鎖のFFAsを生成します。これらのFFAsがリガンドとなってGPR 42やGPR 43に結合し、炎症を抑える働きをするのではないかと考えるものです。GPR 42やGPR 43に関する研究がもっと進めば、乳糖不耐症から日本人は解き放たれることになる筈です。まだ仮説の段階ではありますが、あと2、3年もすればこの辺りのことがもっとはっきりしてくるものと思われ、その成果に期待しているところです。