●デンマークにおける酪農の現状
デンマークの農業のあらまし
デンマークは北欧に位置し、税金が高い分高度な福祉が施されています。主な産業は農業。農家の大規模化は進んでいて、1農家あたりの平均耕作面積は70ヘクタール。日本の農家の一経営体あたりの平均経営耕地面積は2.98ヘクタールですので、日本の20倍以上です。
デンマークの農業には主に3つの特徴があります。
一つ目は、協同組合が組織の基盤になっているという点です。酪農も養豚も協同組合によって営まれており、生産から販売までの一体的なビジネスを展開しています。
二つ目は、輸出に力を入れているということ。生産物の2/3は、EU諸国を中心に輸出しています。ただし国土面積は狭いため、効率を高め、省力化を追求するタイプの農業ではありません。高い生産コストを何でカバーするかというと、安全性や厳しい衛生管理を付加価値としています。
三つ目は、EU全体が該当しますが、畜産では動物福祉が重視され、直接支払いを受ける条件のひとつになっています。
デンマークの農業との日本の農業を比較してみます。
デンマークでは就農するために資格が必要だという点が日本との違いです。具体的には、農業専門学校で4年にわたり理論と実践・実習を履修するか、あるいは日本のような大学の農学部を卒業していなければいけないということ。
次に、日本は親から子に経営を引き継ぐ場合は、経営移譲という形で一般的ですが、デンマークでは親子間でも農場を売買します。相続税や贈与税が非常に高く設定されているので、買った方が税金が安いという事情があるようです。デンマークで20代の養豚家のところへ行ったのですが、父親が経営する農場の一部を買ったと言っていました。父親から買うのであれば安く買えるのではないかと思いましたが、それをすると贈与と見なされますので、評価額の85%以上で買わないといけないそうです。そうすると農場を買うために相当の資金が必要となります。銀行から融資を受けるにも、農家という資格があることが前提となっているそうです。
印象的だったこととして、農家を指導したり、助言したりする機関が民営化されているという点です。生産技術、情報、経営と多岐にわたっています。日本だと普及指導員やJAの営農指導員がそれにあたりますが、デンマークにはアドバイザリーサービスという機関がこれにあたり、農家はお金を払って、指導を受ける形になっています。
農業アドバイザリーサービスについて
アドバイザリーサービスが民営されたのは2002年です。もともとは国が運営していましたが、農家に専門的な知識や技術が求められるようになったことが背景となり、民営化して、より質の高い情報を提供するという形になりました。2015年当時ですが、アドバイザーは全国に3,100人おり、地方ごとの拠点に所属しています。地方の拠点の上部組織としてSEGESという全国組織があって、地方センター向けに高度な知識や技術を提供しています。
各地方にいるアドバイザーは経営から管理・餌・労務・法律・相続・財務・環境とすべてのところからジェネラルな立場で助言をしています。地方センターも民営化をされており、農家からの出資金と指導料によって運営がなされています。農家がサービスを利用する際に支払う費用は、1時間1万5,000円程度でした。
デンマークでは圃場(ほじょう)の情報が全部電子化されています。EUの共通農業政策(CAP)に伴う直接支払いを受ける時も、オンライン申請するそうです。また環境保全を遵守しているかとか、動物福祉を守っているかということも、オンラインで手続きすることになっています。そういった作業もアドバイザーから支援を受けるそうです。当初、サービスが民営され、指導料が有料化された時に農家の抵抗があったと言っていましたが、今となれば農家にとってアドバイザリーサービスを使わないという選択肢はないと言っていました。
もうひとつ日本との違いとして、動物福祉への配慮が求められており、いずれの農家も実践していました。残念ながら、デンマークで酪農の牧場には行けなかったのですが、デーニッシュクラウンという養豚の協同組合が運営する工場では、動物福祉への配慮が随所にありました。と畜される前には広々とした環境で快適に過ごすことができるようにという配慮がされ、と畜する際も豚に苦痛を与えないよう方法を採用していました。一連の工程がすべて動物福祉を踏まえた形になっており、当然コストに反映されるのですが、こうした取り組みが消費者からも支持されており、動物福祉が農業や食品産業の基本となっていることを実感しました。
デンマークの酪農と消費について
酪農家の数は減っています。しかし、生乳の生産量は維持されています。
日本、韓国では飼養頭数も生産生乳量も減少傾向にありますが、デンマークは農家が減っている割に、生産生乳量が維持されている点が特徴です。乳牛1頭あたり、そして従業員1人あたりの生み出す生産量が上がってきたということは、飼養管理技術の向上と関係があるのかもしれません。
デンマークを代表する乳業メーカーで、アーラ・フーズがあります。世界でも7位の乳業メーカーで、デンマークのみならず、7か国の酪農家をオーナーとする協同組合です。
デンマークは協同組合の国だと話をしましたが、かつては小さい農家がそれぞれの地元で協同組合を作っていました。それが徐々に合併したり統合したりして、1970年に大型の協同組合と中小の協同組合が合併してMDフーズが設立されました。これが2000年にスウェーデンの大きな組合であるアーラ・フーズと統合して、国境を越えた組織ができたわけです。今ではスウェーデン・ドイツ・ベルギー・ルクセンブルク・オランダ・英国、7か国に及ぶということです。
アーラ・フーズの本社は素敵なオープンスペースの建物でした。デンマークの農家の9割がここに牛乳を納めており、ほぼ独占と言っていいでしょう。スーパーでは、アーラ・フーズの牛乳しか見ることができませんでした。こういった商品構成では、消費者としては物足らないのではないかと聞くと、牧場を限定したPBの牛乳など、日本では当たり前の商品ですが、デンマークではさほどニーズがないと言っていました。農家レベルの6次産業化もあまり進んでいません。なので、本当にちょっと画一的な感じがいたしました。
一方、乳脂肪へのこだわりは強いようで、1.5%とか3.4%とか、脂肪分ごとに商品化されていました。また近年、出荷が増えているのはスターバックス向けの生乳だということでした。
牛乳の商品バラエティは少ないと申しましたが、オーガニック牛乳は確実に市場が確立されています。
これは農産物全体のうちオーガニックが占めている割合なのですが、ミルクは10%ぐらいがオーガニックになっています。卵は25%近く。野菜も25%近くがオーガニックで、かなりオーガニックに対する需要が高まっているのは、デンマークを含めたヨーロッパ全体の話かと思います。
さて、酪農家とアーラ・フーズとの関係ですが、農家が出荷した生乳は用途に関わりなくすべて同じ価格でアーラ・フーズが買い取る仕組みです。ただし、国際価格が結構変わっていますので、年に数度変わることもあります。
また、生乳の出荷量が多い農家など、アーラ・フーズをたくさん利用した人にはその分利用高配当が多いそうです。
さきほど、用途に関係なく、乳価は同じ価格だと言いましたが、オーガニック牛乳だけは上乗せ価格が支払われます。
7か国をまたぐような巨大な企業ですが、「一般企業は利益を最優先で考えるが、私たちは組合員のことを最優先に考えている。だから組合員も”自分たちの会社”という意識が非常に根強い」ということをアーラ・フーズの方が言っていました。