1.はじめに
昨年の夏、消費者庁に来るなり、当時の消費者庁長官から「食品と放射能」のリスクコミュニケーションを100ヶ所やるように言われた。食品はともかく、放射能、放射性物質、放射線等、表現の違いもあるものの、かなり専門分野に特化した話で、多くの消費者にはなじみの少ない問題でもあり、100ヶ所意見交換会せよとのことで、いろいろなやり方を試みた。
現在では、放射性物質、放射能、放射線の基本的な説明をした後、食品中の放射性物質の基準値や行政の取り組み、検査結果の概要を説明し、さらに意見交換することで、消費者の皆様は今何を不安に思っているのか、疑問に思っているのかをある程度掴むことができた。また、いろいろな学説がいろいろな媒体を通して拡がっている現状を踏まえた上で、この1年間の経験を基に説明することとする。
2.放射線、放射能、放射性物質はどう違うのですか。
「すべての物質は原子でできており、原子の中には自然に壊れて欠片を放出する物があり、欠片や発する波を放出する原子が放射性物質で、飛び出した欠片や発する波がどれだけ飛んで行くかという能力が放射能で、飛び出した欠片や発する波が放射線である。」消費者の皆様には、まずこの様に説明している。
欠片や波の大きさや、性質により、紙で止められるけれど力のあるアルファ線、遠くまで透過するが比較的力の小さいガンマ線等の種類がある。
3.放射線は人体へどんな影響を与えるのですか。
一度に大量の放射線を浴びると確定的影響がある。「はだしのゲン」のマンガの主人公の様に、髪が抜けてしまうといった影響が現れる。あのマンガの主人公は恐らく2000ミリシーベルト程度を一度に浴びたと考える。2000ミリシーベルトとは、日本人は普通に生活していても自然放射線を一年間に1.5ミリシーベルト浴びることから1300年分を一時に浴びたことになる。
13年前の東海村のJCOの事故で亡くなられた二人の方は17000ミリシーベルトを一時に浴びている。
今日本人が直面しているのは、確定的影響ではなく、原発由来の放射性物質を原因として少量の放射線を浴びた場合の影響はどうなのかということである。日本人は普通に生活していても自然放射線を一年間に1.5ミリシーベルト浴びている。なお、最近2.1ミリシーベルトではないかとの新たな見解が公表された。これへの追加として、福島原発由来の放射線を浴びることになってしまった。この追加被ばくの累積によって、癌や白血病になる可能性はあるのかというのが現状の消費者の不安要因である。
放射線の影響は、大人より細胞分裂が活発な乳幼児・子ども・妊産婦(胎児)の方が受けやすい。これは26年前のチェルノブイリ原発事故の結果、事故の数年後に影響を受けたベラルーシ等の国々で、子供が甲状腺癌になる例が見られた。また白血病のリスクが高まった。ただ、確実に影響があったと言えるのは国連の調査でも認めているように甲状腺癌だけで、白血病は科学的に証明されているのか否か議論がある。国の食品安全委員会が世界の3300の文献を集めた中では、チェルノブイリ事故の影響として子供の白血病が増えたのではないかとする論文について、ある程度確からしいと評価している。
なぜ影響が大きいかと言うと、放射線は細胞に直接影響し、細胞を構成するDNAを破壊してしまう。人間(生物)は壊れたDNAを再生する能力(自然治癒力)があるが、繰り返し行うことで間違って再生してしまうことがあり、間違って再生したものが癌になってしまう。このため、成長期にあり細胞分裂が盛んな子供たちのほうが影響が大きいという論理が成り立つ。
原発事故由来の放射線を被ばくした福島の子供たちはどうなのかと言うと、今の医学では、仮に放射線による影響が出たとしても、今の時点で癌になっているということは考えられない。チェルノブイリの例を見ても、癌が現れたのは数年後となっている。さらに、福島県立医大および福島県庁の調査でも、癌になるような放射線の累積被ばく量を浴びた人は福島県の中でもいなかった。
国としての食品健康影響評価の基礎は、一生涯に追加による累積被ばくが100ミリシーベルト(通常浴びている年間1.5ミリシーベルト以外に)以上浴びると癌のリスクが明らかになってくるとの考え方である。今まで福島で調べた結果では、殆どの人は100ミリどころか追加被ばくの値が高い人でも数ミリから十数ミリ程度だった。
4.放射能の単位「ベクレル」と「シーベルト」はどう違うのですか。
「ベクレル」は放射線を出す能力で、1秒間に1個放射線が出てくる量単位をいう。
放射性物質と言うのは、原子が壊れていくときに欠片や波をたくさん放出する。欠片や波、すなわち放射線が1秒間に1個飛び出したのが1ベクレル、500ベクレルは500個飛び出している状態をいう。
一方「シーベルト」は極めて分かり難い単位で、放射線を体に浴びた場合、それがどれだけ人体に影響があるかを示した単位である。何もなくても日本人は1年間に1.5ミリシーベルト、世界平均では2.4ミリシーベルト浴びている。スウェーデンの様な緯度が高く岩石に囲まれた国では、宇宙線の影響や岩からの自然放射線が強く、7ミリシーベルトくらい浴びている。
また、医療被ばくもある。CTスキャン1回で約7ミリシーベルト浴びることになる。ただし、CTスキャンが危ないかと言うと、癌の早期発見等の意義から必要な、許容される被ばくと判断されている。もっとも、やり過ぎは問題との指摘もある。
5.「外部被ばく」と「内部被ばく」はどう違うのですか。
誤解を受けやすい部分であるが、「『外部被ばく』と『内部被ばく』とで、どちらが危ないのですか?」と良く尋ねられる。一部の説では、「内部被ばくは大変危険で、少しでも内部被ばくすると癌の可能性が外部被ばくに比べて何百倍も高まる。」と主張しているが、これは多数意見ではない。また、政府としてもこの説を採用していない。
「外部被ばく」が問題となるのは、福島県の原発周辺から中通り、栃木県の那須地域から茨城県西部および埼玉県東部および千葉県北西部にかけての地域、群馬県赤城山から群馬県および長野県の県境辺りの、いわゆるホットスポットと言われている地域で、そのような地域で生活していると「追加被ばくが1ミリシーベルトを超えてしまうから危険ではないか。」と言われるが、こうした地域であっても外部線量が高い部分はまだらに分布しているため、すべての部分が危険であるとまでは言えない。また、問題となっている原発由来の放射性物質は、セシウム134と137であるが、134の半減期は2年強であり、どんどん壊れてなくなりつつある状態である。137の方は半減期が30年であるため、除染等の対応が必要である。
一方、「内部被ばく」は、「食品と放射能」のメインな部分であるが、1年前の、ホウレンソウの葉っぱの上に放出された放射性物質が空から積り、それを食べることで内部被ばくする、といった状況とは現状は違っている。現状の放射性物質は大気中にあるのではなく地表などに落ちており、それが泥の状態で川や海に流れ出している。最近の調査結果では、基準値を超える値が出ているのは淡水魚と海の魚の特に底の方にいる種類のもので、マダラとかカレイ、ヒラメ等である。外洋で泳いでいるアジとかサバ、マグロなどには基準値を超える様なものは全く出ていない。放射性物質も一種のミネラルであり、時間経過とともに沈殿し海の底に溜るようになる。海の底にいる魚類がそれを摂り込んでしまうために高くなっていると考えられる。また、野外に降り積もった放射性物質の影響が残り続けている露地栽培のきのこ、野生の動植物で高い値のものが発見されている。
今の日本で「外部被ばく」と「内部被ばく」でどちらが問題かと言うと、「外部被ばく」が問題となるのは、前述の福島、千葉、茨城、群馬等のホットスポットで、「内部被ばく」は、魚、野菜の形で全国に流通する食品から発生する可能性がある。物理的にはどちらも同様に問題であるが、社会的な影響の観点からは、「外部被ばく」は局所的で、「内部被ばく」は食品流通の面で全国的な問題になる。このような理由で「内部被ばく」の方が問題と考えている。