TPPに関する乳業界の基本的考え方
1.「TPP」及び「包括的経済連携に関する基本方針」に対する見方
TPPは、原則関税撤廃が基本であり、重要品目への配慮などは為されないことから、乳製品という重要品目を抱える乳業界にとっても厳しい内容である。これを含めて「ヒト・モノ・カネ」の自由な往来を求めるものである。現在は「モノ」の往来に焦点を当てた議論がなされ、それだけでも賛否両論があるが、「ヒト・カネ」の問題についての十分な議論がなされていないことが懸念される。
これら「ヒト・モノ・カネ」全体の自由化によるメリット、デメリットがどの程度あるのか、それが日本経済全体に対してどれだけプラス(マイナス)になるのかが最も重要であるが、そういった議論、試算が客観的になされていない。仮にそういうものができないのであれば、TPPという枠組みではなく、日米FTAの枠組みをもって自由化を検討することもあり得るのではないか。
「基本方針」では、経済連携の推進と国内農業・農村の振興を両立させると謳ってはいるが、まだ具体的な対策も必要な財源も示されていない状況にある。貿易の自由化、国際化の進展は日本経済にとって重要な課題であるものの、食料自給率の向上、食料の安定的な確保が大前提となる問題でもあり、国民的議論が必要であるテーマである。農業者も食品製造業者も将来展望を描くことのできるビジョンを国として示してもらう必要もある。
2.国内酪農・乳業への影響について
関税撤廃が国内の乳業市場に与える影響について、日本乳業協会として大まかな試算を試みた(別表)。これは、「国が何も対策を講じなければ」という前提に立つものであるが、それによれば、
- 1)内外価格差の極めて大きい国産バター、脱脂粉乳が輸入品に置換され、国内乳製品工場の操業停止が予測される。
- 2)国内で安価な輸入乳製品を使用した加工乳、乳飲料、発酵乳、乳酸菌飲料等が製造され、生乳100%使用の牛乳、成分調整牛乳の市場の一部がこれらの製品に置き換わる。
- 3)チーズについては、プロセスチーズの製造は残るものの、プロセスチーズ原料を含めた国産ナチュラルチーズのほとんどが輸入品に置き換わるため、北海道の大規模チーズ工場のほとんどが操業を停止する。
- 4)北海道の乳製品工場の操業停止により、国内競争力の高い北海道生乳がフレッシュな飲用牛乳市場を席巻し、都府県の酪農・乳業は壊滅的な影響を受ける。
等の影響が予測される。
これらにより、国内生乳生産の相当部分が失われ、食料自給率が大きく低下するとともに、食料安全保障に対するリスクが顕在化する。また、農業の崩壊は地域経済の崩壊につながり、農業の多面的機能が損なわれることになる。特に、農業依存度の高い北海道や沖縄での地域経済の崩壊は、国境問題とも絡んで国家安全保障上の脅威につながる懸念もある。
さらに、酪農・乳業における雇用の確保に多大な影響が生じることとなり、地域社会・産業の崩壊につながる懸念を強く持たざるを得ない。
3.TPPに関し、国の議論で論じられるべき課題として
「基本方針」で謳われている競争力強化と消費者負担から納税者負担への移行の流れは適切であると考えるが、国が講ずる諸対策の対象は将来にわたって酪農・乳業を担うことが確実な者に限定して実施すべきである。
また、現状の酪農・乳業の全てを守る方策も財源もないと考えられる中で、何をどのように、どこまで守るかを議論し、守れないものをどのように救済・対処するべきかの議論もする必要があると考える。
4.TPPに対する乳業のスタンス
貿易の自由化、国際化の進展は日本経済にとって重要な課題であることは乳業界としても認識をしている。一方で、TPPによる日本経済全体へのプラス・マイナス両面の影響が示されていないものの、食糧安全保障の観点や地域雇用の確保の観点では酪農・乳業のみならず、社会全体に多大な影響が生じる懸念が強くあることから、乳業界としてはTPPへの参加には賛同できない。慎重な対応を国に求めるものである。
国として参加の検討をする場合にあっても、以下のような種々の対策・対応が事前に政府から示されるべきであり、対策を含めて総合的な判断ができる情報・材料を国民に提供されることを強く求める。
- 1)酪農・乳業ともなお一層の合理化の取り組みが求められるものの、生乳及び基幹乳製品(バター、脱脂粉乳、クリーム、ナチュラルチーズ等)の内外価格差は大きく、我が国の酪農乳業がいかに合理化努力を積み重ねても、その差を埋めることは不可能であると考えられ、国際競争力のある乳価形成とともに、酪農版戸別所得補償制度の導入等による生産者対策が必須である。ただし、戸別所得補償の導入にあたっては、補償すべき対象者、補償水準の適切な規定が必要不可欠である。
- 2)酪肉振興法、不足払い法などにより、酪農・乳業における国際競争力強化の上で阻害要因となっている規制や基準については、大胆な見直し、規制緩和を推進する必要がある。
- 3)全ての酪農乳業者を維持・継続させる政策は取りうることはできないと考えられるので、廃業を余儀なくされる酪農乳業者への救済・補償策も併せて配慮することが望ましい。
- 4)これらの対策を講じるには巨額の財源が求められることになるが、これを含めた国際化進展に対する国民的議論、認識醸成について国が責任を持って実施する必要がある。
TPPによる関税撤廃の乳業市場に及ぼす影響(試算)
市場規模(億円)
- バター
- 839
- 煉・粉乳
- 1,775
- チーズ
- 1,835
- 飲用牛乳
- 5,536
- クリーム
- 1,589
- アイスクリーム
- 2,600
- 乳飲料・乳酸菌飲料
- 3,191
- その他乳製品
- 4,420
- 合計
- 21,785
注)市場規模は2009年度経済産業省「工業統計」による。
影響額(減少額)(億円)
- バター
- 713
- 煉・粉乳
- 1,775
- チーズ
- 1,101
- 飲用牛乳
- 1,107
- クリーム
- 477
- アイスクリーム
- 520
- 乳飲料・乳酸菌飲料
- 319
- その他乳製品
- 884
- 合計
- 6,896
減少率
- バター
- 85.0%
- 煉・粉乳
- 100.0%
- チーズ
- 60.0%
- 飲用牛乳
- 20.0%
- クリーム
- 30.0%
- アイスクリーム
- 20.0%
- 乳飲料・乳酸菌飲料
- 10.0%
- その他乳製品
- 20.0%
- 合計
- 31.7%
関税撤廃による市場規模(億円)
- バター
- 126
- 煉・粉乳
- -
- チーズ
- 734
- 飲用牛乳
- 4,429
- クリーム
- 1,112
- アイスクリーム
- 2,080
- 乳飲料・乳酸菌飲料
- 2,872
- その他乳製品
- 3,536
- 合計
- 14,889