MEMBER

第81回 ミルクは何故白いのか?
~その白さの奥に広がる神秘の世界~

牛乳・乳製品から食と健康を考える会 開催

乳は何から進化したか?何故、卵ではなく、乳なのか?

この図は動物の系統図です。この図で鳥以下に示されている種は卵で育ちます。カンガルーから上はミルクで育ちます。動物は進化の過程でいったい何からミルクというものを獲得するようになったのか。なぜ、卵ではなくミルクでなければいけなかったのか。これが、次の疑問になります。このことは、私自身にも分からないのですが、少し考えて見ますと卵では不都合だった要因がいくつか思い浮かびます。
1つは水分の蒸発です。卵を覆っている殻は固いものもあれば爬虫類のように弾力のあるものもあります。どちらにしても、多孔質、つまり孔があいているわけです。その孔から水が逃げてしまい、そうなると干上がってしまい子供が生まれてこない。それを防ぐために一定の温度と湿度が必要になり、親が卵を抱くとか土の中に埋めることで、できるだけ一定の温度・湿度を保つ必要性が出てきます。
それから外敵から守らなければなりません。外敵というのは他の動物もありますし、病原菌・ウィルスもあります。生まれてからも、子供に与える食糧を確保しなければなりません。食糧がなければ子供に餌として与えることができず、子供は死んでしまう。親は懸命に餌を確保しようとします。しかし、環境の問題等で十分な餌が確保できないと子供は育たない。このため、親の行動は著しく制約されるのが卵の一番大きな欠点ではないかと思います。
どんな動物でも親はより安全に、健やかに子供を育てたいと望みます。この欠点をどのように解決したらよいのかを、おそらく進化の過程の中で懸命に考え工夫をしてきたと思われます。
このような研究をされている方々がいらっしゃいます。それを纏めると次の表になります。

乳の起源は何か?

3億年前から進化が始まり、哺乳類が現れたのが1.5億年前といわれております。卵の問題点としては先ほど申し上げました。水分蒸発です。そうしない対策を講じる必要があります。動物の体に皮膚腺があり、汗・分泌物を出す孔があいています。そこから水分とか脂肪を出して水分の蒸発を抑えることをするようになりました。更に、進化をしていくと外敵、その中でも病原菌、つまり微生物汚染を防ごうといろいろな抗菌成分を出すようになりました。表に抗菌成分としてリゾチームと書いてあります。リゾチームはかなり下等な動物も持っています。リゾチームは細菌・バクテリアを被っている膜を溶かす働きがあります。それによって細菌・バクテリアを殺す抗菌成分を出すようになりました。更に進化が進み哺乳類が生まれる少し前になるとあごや歯が発達してきます。そうしますと、自分より大きな動物を獲って食べるようになり、あごや歯の発達がなければ可能になりません。
そのために、ここでカゼインとかα-La(アルファ・ラクト・アルブミン)が出現しました。このα-Laはミルクの中にあるホエータンパク質で上澄みに入っているタンパク質の一つです。皮膚腺が更に発達してきて、その一部が乳腺になります。乳腺は汗が出る腺と同じようなものです。乳腺から出る分泌物がミルクとなったわけです。
ここに至るまでには何億年という長い年月がかかっています。最初は水分蒸発を防ぐ役目があり微生物汚染から守る役目ができ、それからあごや骨・歯という発達を促す役目となり、いよいよ哺乳類になっていった訳です。

原始カゼインミセルの役割と進化

それではカゼインミセルはどうなってきたのか。最近になり化石から遺伝子を取り出し解析することができ、いろいろなことが分かって来ました。哺乳類以前の動物では歯ですとか歯茎の周辺にカゼインの基になる原始カゼインの遺伝子が分布していたことが分かります。カルシウムで沈殿するタンパク質群とカルシウムで沈殿しないタンパク質群の二つの原始カゼインがあることが分かってきました。前者は歯にカルシウムを供給する役目を果たしており、後者はカルシウムが歯などに付きすぎてもいけないため、それをコントロールする役目を果たしていたのではないか。歯の表面はエナメル質でリン酸カルシウムによってできているのですが、その強化やコントロールを担っていたと考えられています。
そして、進化していく過程でカルシウムで沈殿するタンパク質群はαs1(アルファ・エスワン)カゼイン、αs2(アルファ・エスツー)カゼイン、β(ベータ)-カゼインと今のカゼインに進化して来ました。そしてカルシウムで沈殿しないタンパク質群はK(カッパー)-カゼインに進化した。そして、ここでカゼインミセルを作り上げ今のようなミルクになって来たと想像されるようになってきたのです。
カゼインミセルはもともと歯のエナメル質を石灰化したりそれを制御したりする働きから進化してきたのだとすると、虫歯予防効果があるのではないかと推定することができます。

WHOによるチーズの虫歯予防効果

実際にWHOが2003年に出したレポートです。WHOは世界中の論文を精査して根拠のレベルを4段階に分けています。
どんな食品あるいは治療がリスクを低下、あるいは増加させるのかを調査しました。その結果、虫歯のリスクを低下させるには歯にフッ素コートをし、逆に増加させるには砂糖を食べることを示しています。ここまでの効果はいえませんが「ほぼ確実」にリスクを低下させるものとしてハードタイプ(硬質)のチーズが挙げられています。リスクを低下させる「可能性」があるものとしてキシリトール、牛乳、食物繊維が入っています。牛乳がキシリトール並みに可能性のあることを知っている人は少ないし、歯医者さんでも少ないのです。更に、ハードタイプ(硬質)のチーズが「ほぼ確実に」効果があることを知る人は極々少ないのです。欧米では、このことは常識になっていますが日本ではあまり知られていないのではないでしょうか。

なぜ、牛乳、乳製品・チーズが虫歯予防に有効なのか。その前に、なぜ虫歯になるのかを考えますと、ひとつは口の中のバクテリアが糖質を食べて酸を分泌します。その酸で口の中のpHが下がり、5.7付近で弱酸性になると歯の表面にあるリン酸カルシウムでできているエナメル質が溶け始めます。pH7ですと殆ど溶けないのですが酸性になるとエナメル質(リン酸カルシウム)が溶けるようになります。溶け始めるとエナメル質に穴が開きそこに細菌が進入し穴を広げ、神経に到達すると痛みを発症します。
虫歯にならないようにするには口の中のpHを5.7以下にしない。もし穴が開いた場合はリン酸カルシウムで穴を塞ぐ。更に唾液分泌を促して、その中に含まれる抗菌成分で虫歯菌を抑えることです。
牛乳・チーズは緩衝作用、これは少々酸が入ってきてもpHをすぐには下げない作用のことで、牛乳中のタンパク質やミネラルの影響で口の中のpHが下がりにくい状態になります。それから、進化の過程であったように大量のリン酸カルシウムを供給する役割がもともとありました。ハードタイプ(硬質)タイプのチーズは硬いので、よく噛むことで唾液が分泌されます。従って、牛乳・チーズで虫歯にはなりにくいことになります。

チーズ摂取と歯垢pH変化

チーズを摂取するとなぜ虫歯になりにくいのかを示したグラフです。点線がpH5.7のラインです。砂糖は3分過ぎには点線を下回り20分後でも酸性のままです。一方、チーズは食べてからpHは上昇しpH7付近でキープしている。脱脂乳はpH5.7以下になるのは2~3分程度であとは上昇します。果汁はグラフのとおりです。
これから見てもチーズや脱脂乳は虫歯予防効果があると言えます。

乳糖とαラクトアルバミンとリゾチーム

哺乳類が誕生する前に、α-La(アルファ・ラクト・アルブミン)というものが出現しました。これは、乳糖と非常に関係の深いタンパク質です。乳糖はガラクトースとグルコースが結合してできたものです。ミルクのみに存在する非常に特異的な糖質です。ガラクトースとグルコースを結合するためにはガラクトシルトランスフェラーゼという酵素が必要になります。ところが、この酵素だけでは上手く乳糖は作れません。そこでαLa(アルファ・ラクト・アルブミン)というタンパク質が必要になります。つまり、このα-La(アルファ・ラクト・アルブミン)のアシストがなければ乳糖は合成されません。

進化の流れをもう一度見ますと、抗菌成分であるリゾチームが存在していました。これが変身してα-La(アルファ・ラクト・アルブミン)になったということが、現在判っております。リゾチームとα-La(アルファ・ラクト・アルブミン)は非常に構造が似ておりますが、後者には前者が持っていた抗菌作用はありません。抗菌作用はなくなりましたが、α-La(アルファ・ラクト・アルブミン)はガラクトシルトランスフェラーゼを助ける役目を持った訳です。リゾチームからα-La(アルファ・ラクト・アルブミン)になるまでには1億年以上もの膨大な時間がかかり、その間に自然界の遺伝子組換えが起こったと言えます。
何故、ここまでして乳糖を合成する必要があったのか。ガラクトースとグルコースをそれぞれ単独で摂取すればいいのではないかと思うわけです。しかし、どうしても乳糖に合成しなければならなかった理由がある訳です。

乳糖の役割は(1)エネルギー源。(2)は血糖値を正常に維持する。(3)浸透圧を調整する。といった役割・機能があります。
これらに加えて大切な働きがあったのではないかと思います。それは、赤ちゃんが胎内にいた時は無菌状態ですが生まれたら雑菌だらけの世界に出てくる訳です。雑菌の中には良い菌もいれば悪い菌もいます。悪い菌が赤ちゃんの体内に入り増殖をすることは赤ちゃんにとっては好ましい状態ではありません。乳糖を分解してグルコースを利用できる菌と乳糖を分解できない菌があります。例えば、乳糖を分解できる菌の代表的なものは乳酸菌、分解できない菌として、例えば大腸菌があります。
大雑把な言い方ですが乳糖を分解できる菌は味方、そうでない菌は敵とします。味方と敵を識別する「踏み絵」のような役目を乳糖が果たしている。そう考えるとガラクトースとグルコースを合成する必要があった。合成せずにそれぞれ単独で存在させておくと、乳酸菌も大腸菌もグルコースを摂取して増殖してしまう。それでは危険であると思います。
そのために面倒なことをしてでもガラクトースとグルコースを合成させることが必要で、ガラクトシルトランスフェラーゼの能力を発揮させるためにもリゾチームをα-La(アルファ・ラクト・アルブミン)に長い時間をかけて変身させる必要があったのだと思います。その結果、味方の菌は取り入れ敵の菌は排除する必要があったと考えておりますが、これは私見です。

乳糖のない乳
乳糖は脳のエネルギー源では?

乳糖はミルクの中だけにある糖ですが、乳糖の無いミルクはあるのか。これは、あります。オットセイ、アザラシや鯨といった水生の哺乳動物には乳糖が無くて、α-La(アルファ・ラクト・アルブミン)も存在しません。
それでは、何がエネルギー源になっているのかと言いますと、それら水生動物のミルクには脂肪が多く含まれています。半分くらいが脂肪ですから、ドロっとしたミルクです。冷たい海水で生活するわけですから、脂肪の多いミルクで体温を維持し、エネルギー源になっています。但し、糖質は脳にとって唯一のエネルギー源だと古い教科書に書かれています。水生哺乳類の場合、乳糖も単糖類も無いわけですから脳に唯一のエネルギーである糖質が補給されないと脳死状態になってしまうのではないか。
最近の研究では、脳に脳関門があり単糖類はここを通過できますが脂肪酸は通過できない。但し、脂肪酸が変化してケトン体になると脳関門を通過できます。脂肪が多いわけですからその一部がケトン体になって脳にいくため脳死しないと考えられております。

乳・乳製品には美肌効果もあります。ミルクは何の目的で進化してきたのかと言うと、もともと卵からミルクに変化していくためには水分蒸発を抑える機能が必要だった。そうすると、ミルクには水分蒸発を抑える機能が残っているのかもしれません。日本最古の医学書「医新方」にはミルクを飲むと肌が滑らかになると書かれているそうです。

乳糖とαラクトアルバミンとリゾチーム

牛乳の中に含まれているリン脂質の一部であるスフィンゴミエリンという物質があります。ミルクに多く含まれているスフィンゴミエリンを20~40歳台の人に食べてもらった実験です。
この実験は秋口から冬季にかけて実施しました。冬季はどうしても肌が乾燥し肌荒れします。左目の下の水分保持性を計測したものです。6週間後経過すると同量のプラセボの大豆のレシチン場合は保水性が下がってきますがスフィンゴミエリンは実験開始前と殆ど変わらない。したがって、スフィンゴミエリンの水分保持力が働いたと考えられます。食べるのを止めて2週間するとスフィンゴミエリンの効果もなくなってしまう。

脂肪球被膜の美肌効果

同じような実験があります。これは、よつ葉乳業の方の実験です。脂肪球皮膜という脂肪の周りに付いている膜があります。その膜にはリン脂質も入っていますが、これを北海道の女性に脱脂粉乳と脂肪球皮膜の粉末を食べてもらいます。4週間経つと脂肪球皮膜を食べた方が水分の蒸発が少ないことがわかります。リン脂質には水分保持能力があるということはミルクの進化から考えてミルクの機能として一部残っていると考えられるのではないでしょうか。

β-ラクトグロブリンのある哺乳類とない哺乳類

β-ラクトグロブリン(β-Lg)はホエータンパク質の一つでアミノ酸組成が非常に優れています。食品タンパク質の中で最も優れたアミノ酸組成があります。分岐鎖アミノ酸が多く筋肉等の発達に役立つタンパク質です。このタンパク質を持っている動物と持っていない動物がいます。ヒト、ネズミ、ウサギ、ラクダは持っていません。ヒトにはβ-ラクトグロブリン(β-Lg)の遺伝子だけはあるがタンパク質を合成していない。タンパク質合成がストップさせられています。なぜ、動物によって違いがあるのか、β-ラクトグロブリン(β-Lg)はどのような役割を果たしているのか、未だに判っておりません。
最近の報告によれば、子宮内膜にグリコデリンというタンパク質がある一定期間だけ発現するそうです。それとβ-ラクトグロブリン(β-Lg)の構造が非常によく似かよっていることが判り、何か関係があるのではと注目され始めました。まだまだ、詳しいことが判っておりません。β-ラクトグロブリン(β-Lg)が本来は昔生殖に関係していたのかもしれず、生殖に関係するために優れたアミノ酸組成を持っていなければならなかったのではないでしょうか。

モッツァレラチーズ
pH変化に伴うカゼイン中のCaとP含量
pHとミセルの水和

皆さんご存知のモッツァレラチーズですが、低温殺菌されたミルクにレンネットを加えて、乳酸菌でpHを5.2~5.4の狭い範囲に制御します。そして、お湯の中で練ってまるめるとモッツァレラチーズになります。非常によく伸びる性質を持っています。なぜ、このような性質を持つのかという理由は判っていません。しかし、pH5.2~5.4の範囲がカゼインミセルの中に大量に含まれているリン酸カルシウムが殆ど残っていない状態になります。その時に、それまでは硬いカードが伸びます。この理由は判っていませんが、pH5.2~5.4付近で水とよくなじむようになる性質があることはわかっています。
もともと、カゼインミセルの構造が判っていませんし、その中でリン酸カルシウムがどのような役割をするかが判っていません。その関連が判ってくればなぜモッツァレラチーズが伸びるのかが判ってくるのではないかと期待しています。

- まとめ -

哺乳類にとってカゼインミセルの存在意義は、カゼインミセルこそ乳の基本であること、仔の生命維持と成長にとって必須のタンパク質とリン酸カルシウムを大量に、かつ安定供給する。この難題を解決したのがカゼインミセルであり、その発明をしたのが哺乳類。哺乳類だけがこの難題を解決できた。カゼインミセルが発明されなければ哺乳類、そして私たちは存在しなかった。そして、私たちに最高の栄養と健康を、おいしさとバラエティに富んだ食生活を与えているとい言うわけです。

単にミルクは白いということですが、その奥は非常に深く、未だに判っていないことが山のようにある。あるのですが、私たちは哺乳類のご先祖様とミルクとカゼインミセルに日々感謝しながら乳製品を食べなければならないと思います。